RESEARCH
PROFILE
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動物⇔ダニ⇔細菌⇔人間

人獣共通感染症の実態を解明する

生命科学部 准教授
Someya Azusa

人間や動物は細菌と共存している。人間に対して熱病を引き起こすリケッチア、食中毒の原因となるカンピロバクターやO-157大腸菌などは、実は動物にとっては無害な場合もあり、そのことが人間にとって有害性を見えにくくしている。人獣共通感染症を専門とする染谷梓准教授は、こうした細菌による感染症を防ぎ、自然と人間が共生できる方法を探っている。

細菌の拡散はなぜ防ぐのが難しいのか

——— 感染症にもいろいろありますが、研究対象はどういう分野ですか?

大きく2つのことを研究しています。一つは節足動物媒介性の細菌感染症で、マダニやノミが媒介する感染症の研究、もう一つは、牛や豚を食肉にする過程で付着してしまう食中毒菌のうち、薬剤耐性菌(薬の効かない菌)がどのように拡がるのか、という研究をしています。いずれも人と動物の両方に感染する細菌由来の感染症、つまり人獣共通感染症についての研究です。

学生時代は細菌学研究室に所属して、食中毒の原因菌として知られるサルモネラ菌の薬剤耐性(薬が効かなくなること)を研究していました。ニワトリに多く見られる菌で、これを殺す薬はいろいろ開発されていますが、菌のほうもそのたびに、薬を分解する酵素を作ったり、薬が働きかける部分の形を変えたりして耐性を獲得する。また、菌の耐性が一代で無くなったらいいけど、当然すごい勢いで分裂増殖するし、薬がたくさん使われている環境だと、薬剤耐性のある菌ばかりが生き残ってしまいます。

さらに、菌同士で遺伝子をやり取りして、耐性遺伝子を他の菌に渡してしまうこともあります。耐性遺伝子を持った細菌が拡散すると、細菌感染症が起こったときに治療できる選択肢がなくなってしまう。そうならないように状況を監視しておくことが重要になります。

留学がひらいた研究者への道

獣医師になって動物の命を救いたくて獣医学科に入りました。ただ、研究者になりたいという強い意志があったわけではなく、結構なりゆき(笑)。細菌学研究室を選んだのも、ライバルが少なく揉めずに済んだのと、動物実験を(あまり)やらなくてよかったからという、後ろ向きな動機でした。

——— 学生時代に留学されていますね。

元々、寄生虫に興味があったんです。例えば、卵の時には川にいて、貝や水性昆虫に感染して、それらを食べた動物に感染する寄生虫がいる。マラリアも、いったん蚊で増えて、それからヒトに入って、血液で増えて肝臓で増えて と、成長する各ステージで宿主動物を転々と渡り歩くのが面白いなと思っていました。ただ、通っていた大学に寄生虫学研究室はなかったんです。

そんなとき、指導教員の先生から、韓国の大学との交換留学の話をもらいました。当時は韓流ブーム前で、韓国の学生は日本に来るけど日本から行く学生が他に見つからなかったらしい。私は韓国語もハングルも知らないし、そもそも一度も海外に出たことがなかったんですけど、「面白そうですね、私行ってみます」って感じで手を挙げました。で、せっかくだから寄生虫の研究室に行かせてくださいって言って、1年間滞在して寄生虫の研究をしました。

——— フランスではポスドクも経験された。

韓国から帰国して、大学院も修了して、普通に臨床獣医になろうと思っていたんですけど、その時にまた留学の機会をもらった。やっぱり「誰か行く人いない?」「あ、私挑戦します」で1年半、フランスの大学の節足動物媒介性感染症の研究室に行かせてもらいました。そこでの経験が現在の研究につながっています。フランス語は忘れてしまいましたけど(笑)。

予防と注意喚起
動物とうまく付き合うために

——— ダニ媒介性感染症の疫学的調査とは具体的にどういう方法ですか?

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研究のために捕獲したマダニ

まず草むらに入って、草の上をサッと白い布でなでる。そうするとダニの方がしがみついてくる。神山周辺にもいっぱいいるのでご注意ください(笑)。次に、布についたダニにどういう種がいるのかを判別します。人、鳥、動物など、それぞれにつきやすいダニがいるので、顕微鏡で形態を見てそれを把握します。

ダニの種類によって持っている病原体が違うので、そのダニをすりつぶしてDNAを取り出して、病原体の遺伝子を見つけます。例えばリケッチア感染症なら、リケッチアだけが持っている配列をターゲットにしてPCR法を行って、増幅された遺伝子の塩基配列を決めて、遺伝子バンク上のデータと照合します。登録されている病原体と似ていれば、それに近い種である可能性が高くなるし、そうでなければ未知の新種の可能性もあるわけです。

また、当然ダニは動物から栄養を取っているので、どういう野生動物がいるかを調査するために裏山にカメラを設置して動画を撮影し、毎週回収してチェックしています。

——— 研究成果の一つに、ハクビシンが持つ感染症の研究がありますね。

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京都産業大学の裏山で撮影されたハクビシン(染谷准教授提供)

ネコは「猫ひっかき病」を起こすバルトネラ菌を持っていることがあって、それと遺伝情報がすごく似ている菌を、京都の野生のハクビシンの血液から見つけました。つまりネコ以外の動物もバルトネラ菌を持つ可能性があるわけです。

いまは、そのバルトネラ菌がヒトに対する病原性があるかどうかの研究を進めています。意図的にヒトに感染させて実験するわけにはいきませんから、培養細胞の増え方の違いを見たり、塩基配列の情報からかつて人に感染したことがある細菌との近縁性を調べたりしています。

感染の仕組みを解明して感染症の予防へつなげたい

——— ネコやハクビシンは病気にならないんですか?

そこが面白いところで、細菌は、動物によっては何もしないことがあるんです。バルトネラ菌も、ネコの場合はピンピンしているけれど、他の動物に移ると病原性が変わったりする。O-157はウシが持っている大腸菌の一種ですが、ウシ自体は元気なので、精肉製品として市場に出てしまう。きれいに解体する努力はされているんですけど、どうしても食卓に上ってしまう事例が出てくるわけです。

——— そうならないための方法は?

私の研究が一番貢献できるのは予防と注意喚起です。そのためには、今、何が、どういう状況にあるかを把握し、感染可能性が身近にあることを知っておく。例えばダニに咬まれないように長袖を着る、虫除けをするなど、まずは罹らないようにすること。ハクビシンは可愛らしいけれど、病原性細菌を持っている可能性があるから、近くに現れてもむやみに触っちゃいけない、糞尿を落とすこともあるから家屋に入れちゃいけない、そういった情報を提供することが、一番大事な「できること」だと思います。

ただ、あんまり危険を煽ると、今度は「ハクビシンなど殺してしまえ」という世論が出てきて、それはそれで問題で、気を遣うところですね。O-157に感染するからお肉は食べるなとか、何でもかんでもダメっていうのは嫌ですよね。リスクを理解しつつ、うまく折り合いをつけて付き合っていくのが大切です。

生命科学部 准教授

Someya Azusa

鳥取大学農学部獣医学科卒業、山口大学大学院連合獣医学研究科博士課程修了。2010年に京都産業大学に着任、2015年より現職。博士(獣医学)、獣医師。

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