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ヒアルロン酸合成酵素の活性を高めて老化と戦う
—人類普遍のテーマ健康長寿の実現へ向けて—
総合生命科学部 生命システム学科 板野 直樹 教授
人類普遍のテーマ健康長寿の実現へ向けて
世界保健機関(WHO)が発表した「World Health Statistics 2013(世界保健統計2013)」によると、日本人の平均寿命は83歳。194か国の中で第一位を誇っています。しかしその一方、寝たきりの高齢者の数が多いのが現代社会の大きな問題です。健康で長寿を享受するという、人類史における永遠かつ普遍のテーマに挑む板野直樹先生に、その研究内容についてお話を伺いました。
ヒアルロン酸の減少が寝たきりの要因に
日本は長寿国です。しかし、高齢化が急速に進んでおり、中でも寝たきりの高齢者が多いことが問題となっています。このような社会においては、長生きすることが必ずしも幸せにつながっていません。
現在、日本の人口における65歳以上の高齢者は4人に1人の割合ですが、いま大学に入ってくる学生たちの親が高齢者になるころには、3.3人に1人の割合になると予測されています。高齢者を支えるのは若い世代。寝たきりの高齢者が増えると、本人だけでなく社会の負担が増え、社会全体が停滞することが予想されます。個人の幸せ、そして社会の活性化のためにも、長寿の質を確保することが非常に重要になります。私は、健康長寿の実現へ向けて、ヒアルロン酸という物質に着目した研究を行っています。
寝たきりになる大きな要因に、膝関節が機能しなくなるということが挙げられます。骨の末端には軟骨があり、さらに軟骨のあいだを関節液が埋めています。この関節液がクッションや潤滑剤の役目をして関節をスムーズに動かしているのですが、加齢によって関節液が減少し、かつ軟骨の層も薄くなると軟骨同士、さらに進行すると骨同士が直接ぶつかります。そうなると膝を動かしにくくなるだけでなく、炎症が起こり痛みを伴うようになります。炎症が長引くと骨自体が変形し、多くの高齢者を悩ませ、寝たきりの要因になる変形性関節症を引き起こすのです。この関節液の主成分がヒアルロン酸です。ヒアルロン酸は化粧品などにも配合されているので、ご存知の方も多いでしょう。
ヒアルロン酸はN-アセチルグルコサミンとグルクロン酸が交互につながってできており(図)、それが水の中で絡まり合ったり互いにくっついたりして、どろりとした粘性のある水溶液状になっています。ヒアルロン酸は生体高分子の中でも極めて巨大な分子で、加齢によって合成量が減少し、高齢者になると急激に低下します。化粧品には皮膚表面の保水成分として含まれていますが、巨大分子なので細胞間をすり抜けて組織の内部まで到達できず、洗顔すると流れ落ちてしまいます。関節についても同様で、外から与えた場合、軟骨の組織に浸透することはなく(困難で)、体の中で代謝されるため定期的に関節内に直接注射するなどの治療を受ける必要があります。
グルコサミンやN-アセチルグルコサミンといったサプリメントがありますが、これらはヒアルロン酸合成の材料であるUDP-N-アセチルグルコサミンに代謝されるため、ヒアルロン酸の合成量を増やす効果が期待されています。しかし、経口摂取では吸収される量はごく一部。どの程度の効果があるのかははっきりとわかっていません。またヒアルロン酸のもう一つの材料であるUDP−グルクロン酸の量も増やさなければ合成量の増加には限りがあります。
ヒアルロン酸合成酵素遺伝子のクローニングに成功
ヒアルロン酸は70 年以上前に発見された生体物質です。しかし、その合成を触媒するヒアルロン酸合成酵素が動物細胞で同定されたのは、ヒアルロン酸発見から約60年を経た1996年です。私は、この合成酵素遺伝子のクローニングを、世界で初めて成功させました。ヒアルロン酸が発見されてから長い間、合成メカニズムやその働きが解明されていませんでしたが、これにより研究が大きく躍進しました。
現在行っている研究では、ヒアルロン酸合成酵素を、人工的にリン脂質に埋め込んだ試験管内ヒアルロン酸合成系を作って、いろいろな薬品を与えてヒアルロン酸合成の変化を調べています。合成を高めるもの、逆に抑えるものも見つかっています。まだ完全に合成のメカニズムが解明されてはいませんが、将来的には加齢とともに衰えてくるヒアルロン酸合成能力を再度高めたいと考えています。実用化されれば、全く新しい医療や医薬品、化粧品の開発につながるでしょう。また、発症してから治療するのではなく、病気を予防することも可能となるでしょう。そのためには、ヒアルロン酸合成のメカニズムを完全に解明しなければいけません。
がんと共存する新治療法
私の研究課題のもう一つが、がん幹細胞を標的としたがん治療の基盤研究です。がんは寝たきりと並び高齢化社会の大きな問題で、基本的に高齢者の病気と言われています。がんは、発がん物質や紫外線・放射線などによって生じるDNAの傷が少しずつ積み重なってがん細胞となりますが、多くの場合、それが10〜20年の歳月をかけて徐々に大きくなります。つまり、年をとればとるほどリスクが増えるということです。高齢化が進み、がんで亡くなる方は今度も増えていくと予想されます。
がんは早期発見できれば治療効果もかなり期待できます。がんがどのように発生するかというメカニズムについては、長い研究の歴史があり、がん遺伝子、がん抑制遺伝子などについても解明されてきました。しかし、発見が遅れて進行している場合や悪性のがんの場合の治癒率は非常に低い。さらに転移や再発という問題は解決されておらず、いまだ完治の難しい病気です。
転移や再発の問題を考える上で、近年非常に重要な概念が提唱されています。それが「がん幹細胞」です。幹細胞はiPS細胞でも話題になりましたが、私たちの体をつくっているあらゆる組織に分化できる、全能性(多能性)の細胞です。実は、がんにもがんの種になるがん幹細胞があり、それががん細胞を生み出しているのではないかと考えられています。がん細胞が増えることによって臓器が正常に機能しなくなっていくわけですが、がん細胞が悪さや転移をせず眠っておいてくれたら、天寿をまっとうするまで健康に生きられるかもしれない。この方法では、がんは必ずしも取り除く必要はないのです。がんと共存しながら、日常生活に支障のないようにできれば、それも一つの治療になるのではないでしょうか。
がん幹細胞は微小環境(幹細胞ニッチ)内で生存し、その幹細胞性を維持しています。私たちは、まだ研究途上ではありますが、がん幹細胞ニッチの形成を支配している細胞成分や分子を同定し、その形成をコントロールすることによりがんを休眠に導く新規技術「休眠療法」の確立を目指しています。
高齢化が進めば進むほどクローズアップされる、寝たきりとがんの問題。この二つの問題が、私の研究でありライフワークです。また基礎研究だけにとどまらず、医薬品、機能性食品、化粧品の開発と普及に至るまで、さまざまなスペシャリストや企業と連携しながら、健康長寿の実現を目指していきたいと思っています。
がんの休眠療法とは
がんの増殖をくい止める、もしくは速度をゆるめることで、症状の進行を遅らせるという、現在の標準治療とは一線を画する治療法です。現在の標準治療は、がんを消滅または小さくするための外科手術や放射線、抗がん剤による化学療法ですが、体への負担が大きく、転移や再発の問題に対する抜本的な治療法は確立していません。一方、休眠療法は根治を目指すのではなく、がん細胞の種となるがん幹細胞を見つけ、コントロールすることにより、がんを悪化させず共存しながら、通常の日常生活を営むことを目的とします。
アドバイス
“興味を見出せる力”が研究者としての資質
高校生の皆さんにはぜひ、視野を広げて興味を持てる何かを見つけてほしいと思います。コンテストにチャレンジする、留学をする、フィールドワークなどを行う団体に入るなど、学校の枠にとらわれず社会を見る機会を持つのもいいと思います。いろんなものに触れて、体験する中で、もし「自分にはこれだ!」というものに出合えたら、とことん突き詰めること。研究はうまくいかないことのほうが多いのですが、興味のあることならモチベーションを貫くことができるはずです。とはいえ、これからの人生において、興味だけで仕事ができるわけではありません。自分に与えられた環境の中で見出せる興味もあります。その“興味を見出す力”は、研究者の大切な資質の一つです。
総合生命科学部 生命システム学科 板野 直樹 教授
- プロフィール
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博士(薬学)。専門は生化学、分子生物学、分子腫瘍学。学部と修士課程では理学を専攻するも、基礎医学の分野に転進。大学病院の研究員なども経験して、現在は、理学、薬学、医学の3分野にまたがる研究を展開している。岡山県立玉野高等学校OB。