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対話型ロボットが未来を変える—人の気持ちまで理解できるロボットを目指して—
コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 上田 博唯 教授
人の気持ちまで理解できるロボットを目指して
10年、20年後の世界を想像してみましょう。住宅や街中でのネットワーク化はさらに進んで、外出先から自宅の家電を操作することも当たり前になっているかもしれませんし、街中での道案内もコンピュータが担っているかもしれません。そんな未来の世界で、コンピュータと人間をつなぐものとして期待されているのが“対話型ロボット”です。ロボットと人との全く新しい関係を切り拓いていこうと、さまざまな実験とアプリケーションの開発を行う上田 博唯先生にお話を伺いました。
ユビキタス社会でのパートナーは気の利くロボット
今後、生活環境のあらゆる場所にコンピュータやデバイスが埋め込まれ、利用者がそれを意識せずにサービスを受けるユビキタスコンピューティングの技術はますます進むでしょう。住宅であれば、床や天井に埋め込まれたセンサーが人の動きを察知して、電気の点灯・消灯から空調操作まで、あらゆることを自動で行うことが可能です。しかし、急に電気やテレビが点いたり消えたりすることには不気味さを感じる人もいるでしょう。そこで私たちのよきパートナーとして活躍してくれるのが“対話型ロボット”です。「暑いなあ」とロボットに話しかければ、ロボットがエアコンの温度を下げてくれたり、「おやすみ」と言えば、消灯して戸締まりを確認してくれたりと親身になって働いてくれますし、門前ロボットが留守中の訪問客と会話して、その様子を携帯端末に知らせてくれたりもします。つまり対話型ロボットは、コンピュータの“顔”として私たちの暮らしを支えてくれるのです。
研究室では、ロボットという知性が人間の知性と共生することをテーマに、私が以前に開発した花瓶ほどの大きさのかわいい対話ロボット「Phyno(フィノ)」(写真)を使っていろいろな研究をしています。
大学内の実験住宅「(くすぃー)ホーム」での実証実験
実験では、研究室をマンションのように改築した実験住宅「ホーム」をよく利用します。「ホーム」は一見すると普通の住宅のようですが、埋め込まれた多数のセンサーやコンピュータを使った研究ができるようになっていて、実際に住み込んで実験することもできます。たとえば、「ホーム」のキッチンで、Phynoによる「だし巻き卵の調理支援」の実験を行いました。
被験者はだし巻き卵を作ったことのない学生です。Phynoに向かって「終わったよ」と言うと次の手順を教えてくれます。また、でき栄えを見て「うまくできたね」とほめてくれたりもします。比較のために任天堂DSの「お料理ナビ」とPhynoによる調理支援を1人当たり3回ずつ行って、だし巻き卵の上達具合と感想を調べました。結果は、多くの被験者がPhynoのおかげで楽しく飽きずに調理ができ、また、上達度も高くなりました。
どうしたら人の気分をよくさせられるのかといったことも研究しています。ある学生は“愚痴を聞くロボット”を開発しました。先行研究のロボットがうなずくと話しやすくなるという結果を参考に、軽くうなずくか深くうなずくか、うなずきの度合いを変化させるという方法を編み出し、愚痴を聞き出す時間を約2 倍に増やし、満足感を与えることに成功しました。
対話型ロボットの実験で社会性が身につく
上述の「だし巻き卵の調理支援」実験では「ロボットによる調理支援など私はいらない」というタイプの人もいました。こうした結果が出るのが私たちの研究のおもしろいところなのですが、一方で、Phynoという話し相手がいることでめきめきと料理の腕を上げる人がいます。このとき、被験者はPhynoに何らかの人格を認めて愛着を持ち、コミュニケーションを通じてやる気を持続させていると考えられます。Phynoは、単に料理のやり方を教えてくれる情報の伝達者ではなく、生活を共にする大切なパートナーのような存在になりつつあるのです。
“愚痴を聞くロボット”は、学生が後輩の失敗のせいでアルバイト先の上司に叱られた経験から思いついたものなのですが、彼はアルバイト先へビデオカメラを持って行き「僕を叱ってください」と言って叱られたときの再現ビデオ映像を作ってきました。これを被験者に見せることで愚痴を言いやすい環境を作って、実験を行ったわけです。よく気がつく人間のパートナーになるロボットを研究するには、まず人間のことを知らなければいけません。実験には人間との関わりが欠かせませんし、日ごろ気がつかない人間の不思議や魅力に気がつくことも多々あります。そのため、私は「上田研究室で研究すると人間のことがよく分かる。同時に社会性も身につく」と言っています。
人の気持ちまで理解できるロボット
私が目指しているのは、何でも相談できて頼りになる気の利いたロボットです。そのために今、重要視しているのは、人の気持ちを推し量ることです。そこで、顔の表情から喜怒哀楽を読む研究を、企業と共同して進めています。また、学内の脳科学の研究室と協力して、脳活動の計測から感情を読む試みも開始しました。
携帯電話が世に出始めた頃は、携帯電話など持ちたくない、自由が制限されるじゃないかといった意見を持つ人が大勢いました。ところが、いまやほとんどの人が肌身離さず持ち歩いています。脳計測も同じで、いまは計測機器も大きく(かなり軽量化したのですが)、計測中はじっとしていなければならないなどの制約があります。しかし、技術が進めばこれらの制約も少なくなるでしょうし、その計測によっていろいろなことが今よりも便利で快適になるということが理解されれば、脳計測がもっと身近になって一気に利用が進む可能性があるのです。そのためにいまから研究を積み重ねていこうと考えています。
ロボットと人間の関係というのは不思議なものです。最近流行りの“お掃除ロボット”相手でも、人は愛着を感じて名前をつけたり、ペットのように可愛がったりもするようです。これから、ロボットと人間の関係はますます親密なものになって、ロボットは人間のよいパートナーになっていくでしょう。ロボットがいることで生活が豊かになった、ロボットとの触れ合いを通じて喜びや充実を感じた……そんな声が聞きたくて私たちは日夜、研究に取り組んでいるのです。
アドバイス
私の研究室では、文系理系を問わず、不思議を不思議と感じ、より深く知ろうとする好奇心旺盛な人ならば大歓迎です。機械やロボットに興味のある人はもちろん、人間についてもっと知りたいと思っている人、たとえば心理学や哲学に興味がある人でも、きっとおもしろい研究ができると思います。いろいろなバックボーンを持ち、自ら考え、活発に議論できる人がたくさん集まるからこそ、相互作用でよいアイデアが生まれてくるものです。
また、高校生の間に、自分はなぜ大学で学ぶのか、その目的と意義についてきちんと考えておいてほしいと思います。そして、その延長として大学を卒業した後の自分をイメージできるとさらにいいですね。
コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 上田 博唯 教授
- プロフィール
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博士(工学)。専門は画像認識とヒューマンインタフェース。大きな研究テーマは「知的メディアシステム」。学生時代の専門は符号理論。就職活動中に日立製作所の中央研究所でロボットの開発研究の様子を見て「コンピュータにもこんな知的なことができるのか」と興味を持つ。30年前は工場の完全機械化を目指すものであったロボットが、いまや人間と対話し、共生する存在になっていると、ますますロボット研究に対して知的好奇心を燃やしている。情報通信研究機構での経験を生かしながら、現在は主に大学内の実験住宅「Ξホーム」でインテリジェントハウスのヒューマンインタフェースとして対話型ロボットの研究に取り組んでいる。社会科学や脳科学といった幅広い分野の研究者との学際的な共同研究も多い。大阪府立北野高校OB。