持っていてうれしくなる、使っていて楽しくなるものをつくろう—
ものづくりはユーザエクスペリエンスの時代に—

コンピュータ理工学部 ネットワークメディア学科 水口 充 教授

ものづくりはユーザエクスペリエンスの時代に

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 携帯電話や音楽プレーヤーを選ぶとき、何が決め手になりましたか。メーカーでしょうか? 使い勝手でしょうか? それとも見た目のよさでしょうか? 「デザインが洗練されているから持っているだけでうれしくなる」「人と同じじゃないので、目立って楽しい」など、考えてみると、機能や使いやすさだけではない総合的な観点から“もの”を選んでいることに気がつくのではないでしょうか。ものの価値観を含め、人とコンピュータとの関係について幅広くご研究されている水口 充先生にお話しいただきました。

ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)研究とは

 インタラクション(interaction)は、interとactionを合成した言葉で、相互作用、やりとりといった意味で使われています。私は主に、人とコンピュータとの関係について考えるヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)について研究していて、最近はエンタテインメントコンピューティング(EC)にも関心を持っています。

 ユーザインタフェースがコンピュータの操作をどのように分かりやすく効率的で便利にするかを研究する分野だとすれば、HCIはコンピュータの使い方そのものまでを含めて考えるところに特徴があります。たとえば携帯電話の電源ボタン。ユーザインタフェースの観点からすれば、ON OFFが一目でわかるようなスイッチがベストですが、そもそもめったに電源を切ることはないのだからスイッチは目立たない方がよい、むしろ電源を切る必要をなくせばよいのではないか、といったことまで考えるのがHCIの研究だといえます。

 任天堂でゲームボーイなどの開発に携わった横井軍平さんは、ものづくりのイノベーションには「枯れた技術の水平思考が大切だ」と言っています。これは、安定した技術の使い方を変えて、新しいものをつくり出すという意味ですが、いまある技術の新しい組み合わせや新しい使い方を考え出すHCIの研究に大きく通じます。いまや多くの人がコンピュータを持ち歩き、コンピュータを介して人と人とがつながることもあります。人間とコンピュータの関わり方もどんどん変化していく中で、コンピュータの新しい可能性を切り拓いていくのがHCI研究者の使命だと考えています。

インタラクション研究の光と影

 HCIの研究は、ここ10年で大きな盛り上がりを見せている一方で、何をやっているのかよくわかない、遊びの延長ではないかといった批判を受けることもあります。エンターテインメントコンピューティング(EC)やアートとの境がなくなりつつあるのも、その一因かもしれません。

 エンターテインメントコンピューティングというのは、コンピュータによって新しいエンターテインメントを創り出そうという研究です。「おもしろさ」の評価法を考えるものや、リハビリや教育の場面に、ゲームなどのエンターテインメントを取り入れることで、場合によってはおもしろくないと感じる作業を楽しみながら進められるようにする応用研究も行われています。ただ、遊んでもらうため、楽しんでもらうために真剣に研究する分野ですから、端から見れば遊んでいるように見える側面もあって、HCI研究と同様に、研究の本質が理解されにくい面はいなめません。

 HCI研究の成功例として顕著なものに、AR(Augmented Reality: 拡張現実)技術があります。いまではスマートフォンやタブレット端末のアプリとして商品化されていますが、先行研究は1968年にアイバン・サザランド(Ivan Edward Sutherland,1938-)が開発したヘッドマウントディスプレイシステムにまで遡ります。その後、環境や技術が進歩し、いくつもの研究が積み重ねられて、現在の実用化に結びついたのです。実用化までに時間がかかることも多く、研究結果が社会にどのような波及効果を生んでいるのかが分かりにくいところも、HCI研究の評価を難しくさせているようです。

 私自身は、コンピュータにチェスをさせることで探索アルゴリズムが進化した歴史などを見ても、「遊び」自体は動機としては大事だと考えています。自分も遊びたいと思うもの、楽しいと思うものを研究しないと「これを作りました。でも自分は使いません」では無責任ですから。

※ 現実環境にコンピュータを用いて情報を付加提示する技術。

そして時代は、ユーザエクスペリエンス重視へ

 ユーザインタフェースの研究では、ユーザビリティ、すなわち使いやすさや便利さが重視されてきました。ところが最近では、技術の進展で、使い勝手の面ではそれほど遜色ないものが作れるようになったこともあって、ユーザは使い勝手だけではものを選んでいないことが分かってきました。そこで注目されてきたのが、ユーザエクスペリエンス(UserExperience:UX)です。これは人がものを体験する過程を重視した考えで、最近ではビジネスの世界でもよく使われている考え方です。機能や使いやすさとは別に、製品やサービスを利用する過程で「楽しく」「おもしろく」「心地よく」行えることをものの価値として考えていて、ユーザの満足度とも言い換えることが可能です。

  iPodやiPhoneで有名なApple社がアプリ開発者向けに出しているガイドラインの名前も、数年前から『UXガイドライン』に変わっていて、「アイコンはきれいなものを使うこと」といったことが書かれているそうです。私自身も、ものを所有する理由として、やはりユーザの欲求を満たすことが大切だと考えています。目指すのは“ちょっとした発明家”。研究室では「『これええやん』と言ってもらえるものを作ろう」というスローガンで研究を進めています。難しそうと思われるよりも使ってみたいと思われるものを、必死になって誰も作れないようなものを作るよりも、気が利いていて使ってみたくなるようなものを創っていきたいと考えています。

コラム

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 新しい物を創り出すのが好きで、これまでいろいろなものを開発してきましたが、コンピュータを使ったタイポグラフィー、文字のアニメーションは、長年続けている研究です。最近では、携帯電話などの端末を使って、感情を文字のアニメーションで伝えるソフトを開発しました。使い方はいたって簡単。文章を入力した後、感情を込めて端末を振って、送信するだけです。たとえば待ち合わせに遅れている相手に「待ってるんだけど……」と送る場合、激しく振れば、相手のもとにはこちらの焦りや怒りが伝わるような激しく揺れる動きで文章が届きます。端末を下へ降ろしながらゆっくりと振って送ると、ゆっくりとした揺れを伴って、さらに文字が小さく消え入りそうになりながら文章が表示されて、さみしそうな雰囲気が伝わります。これは昨年“Yusabutter”と名づけて、ネパールで開催されたEC関係の研究会で発表しました。

 もう一つは“ Family Calendar”と呼んでいるもので、ツイッターで予定をつぶやくと、Agent Programを通じて、ウェブサイトのカレンダーに登録できます。写真なども登録することが可能で、「20日に京都産業大学で研究発表会を行います」とつぶやけば、それがカレンダーに反映されて、ツイッターを見ていない人でも、共有のカレンダーさえ確認すれば、その情報がすぐに分かるのです。

アドバイス

失敗しないと成長しない

 HCIやECなどでは、新しいものの見方や発想が求められるので、いろいろなこと、特に人と違うことを経験してほしいと思います。ゲームが好きで、ゲームクリエイターになりたいのなら、ゲームばかりしていてはだめ。他人と違うアウトプットを出そうと思ったら、他人とは違うインプットが必要だからです。

 また、若いうちは失敗してもすぐに挽回できますから、失敗を恐れずに、何にでも手を出してみてほしい。できないからやらないではなくて、分からなくてもとりあえずやってみることが大切です。学生にはいつも「どんどん痛い目にあいなさい」と言っています。周りを見ていても、たくさんの失敗を経験している人の方が、後々のびているからです。失敗しないと成長しないと言っても過言ではありません。

コンピュータ理工学部 ネットワークメディア学科 水口 充 教授

プロフィール

博士(工学)。専門はインタラクションデザイン。中学生の時にインベーダーゲームの存在を知り、「コンピュータはすごい」と衝撃を受ける。当時から「人とは違う新しいもの」をつくるのが好きで、プログラミングのできる電卓でゲームを創作し、投稿雑誌に掲載されたことも。大学では工業化学科へ進む。化学反応をコンピュータシミュレーションでモデル化する研究をしながら、趣味でもゲーム創作など、コンピュータを触っていた。修士課程修了後は、コンピュータに携わる仕事がやりたくてシャープ株式会社へ就職。コンピュータシミュレーションやCADの部署に所属していたが、隣の部署で始まったユーザインタフェースの研究へ異動したことが、現在の研究につながっている。東大寺学園高等学校OB。

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