金星のスーパーローテーションの謎に迫る—地球の常識が通用しない宇宙の気象学—

理学部 物理科学科 木 征弘 准教授

地球の常識が通用しない宇宙の気象学

 気象学といえば、地球の大気を扱う学問です。しかし、大気があるのは地球だけではありません。あまり知られていませんが、実はほとんどの太陽系の惑星には大気が存在するのです。こうした地球を含む惑星の大気運動を調べるのが惑星気象学という学問です。最近は観測技術の発展とともに他の惑星大気の実態が分かりつつあります。その結果、地球の気象学をそのまま当てはめても分からないような現象が次々と見つかってきました。中でも、金星には「スーパーローテーション」と呼ばれる非常に不思議な現象があります。自転速度を遥かに超えるような風が、金星全体で吹いているのです。一体なぜこのような現象が起こるのかは、まだはっきりとは分かっていません。この謎の完全解明に挑む木征弘先生に、最新の研究成果を教えていただきました。

自転周期マイナス243日

 金星と地球は一見非常によく似ています。半径や組成、密度も似ていて、重力も大体同じです。公転周期も大きな違いがありません。そのため兄弟星とも呼ばれますが、よく見ると違うところもたくさんあります。たとえば、自転周期。金星は自転に−243日かかります(マイナスは自転の方向が地球と逆のため)。日の出から次の日の出まで(1太陽日)は約117日です。

 また、太陽放射量(惑星軌道での太陽光強度)は、太陽に近い金星では、地球の2倍ほどの値になります。ところが、太陽光の反射率(アルベド)が、地球の約30%に対して、約78%もあるため、太陽から受け取る熱量は金星のほうが地球より小さくなるのです。

惑星全体をぐるぐる回る奇妙な風

図1

 最近まで金星の大気循環はよく分かっていませんでした。分厚い硫酸の雲にすっぽり覆われていて、可視光では何も見えないからです。1960〜70年代にアメリカやソ連が金星探査機を送り込んで、ようやく中のことが分かってきました。

 第一の発見は、非常に強力な温室効果です。地面付近は約460度もの超高温になります。金星のほうが地球よりも太陽から受け取る熱量が小さいのに、これだけ熱いのはなぜか。この謎は、発見から10年ほどで解決されました。

 金星には、非常にたくさんの大気があります。地表面の気圧は92気圧で、地球の100倍近い大気をまとっていることを意味しています。大気の約98%が温室効果ガスの二酸化炭素です。これが強い温暖化を引き起こしているのです。

 第二の発見は、大気循環です。予想されていた大気循環は図1のようなものでした。金星では1太陽日が非常に長いので、地面に対して太陽はほとんど動きません。昼では常に大気が暖められて上昇し、夜側では冷やされて下降します。そこで、昼側で上昇した大気が夜側に向かう、スイカの模様のような循環が予想されました。これは夜昼間対流と呼ばれます。

 ところが、実際に観測したところ、予想と全く違う大気運動をしていることが分かりました。金星では全球的に非常に速い風「スーパーローテーション」が吹いていたのです。この風は自転の方向に、自転より速く吹いています。高度60kmでは風速は100m/s程、自転速度の60倍にも達します。発見から40年ほど経ちますがまだ完全な説明はなされていません。

 有力な説は2つあります。1つは子午面循環と呼ばれる大気循環に着目したギーラッシュメカニズムと呼ばれるものです。そしてもう1つが、私が研究を行なっている熱潮汐波メカニズムです。

熱潮汐波メカニズム

図2・3

 金星には、高度45km〜70kmあたりに硫酸の雲があり、星全体を覆っています。観測によれば、この雲層で太陽光が7割ほど吸収されています。太陽光は1割程度しか地面には届かず、主に上層の大気を加熱するのです。この特徴こそ謎を解くための鍵です。

 基本的には大気は安定成層しています。重さの順に層を成しているわけです。このような大気で、中間あたりの空気の塊を少し持ち上げると、上に持ち上げた空気は自分の重さでまた沈んでしまいます。同様に、下にさげても浮き上がってしまう。安定成層している中の空気塊は元に戻ろうとする復元力が生じるのです。その結果、自分が元いた場所で振動することになります。この振動によってできる波を重力波といいます(図2)。熱潮汐波とは、太陽加熱が原因になって生じる重力波のことです。雲層で太陽光が吸収されて熱を持つと、雲層から上下に熱潮汐波が出て行くのです。

 熱潮汐波は太陽により励起される波なので、地面から見ると太陽と同じ方向(自転と逆方向)に動いているように見えます。自転方向の運動量を正とすると、負の運動量を伴っているわけです。負の運動量が雲層から出ていくので、運動量保存則を考えると、全体の運動量を保存させるために、正の運動量が雲層に生まれます。すると、雲層は自転以上の速度で動くようになります。これが熱潮汐波によるスーパーローテーションの生成メカニズムです。

 これまで、このメカニズムでは自転の60倍もの速さにはならないと言われてきました。そこで、私はその問題を解消する数値モデルを作りました。

 ポイントは、雲層から下に出て行った熱潮汐波が地面まで届くかどうかです。大気中で負の運動量を持った波が摩擦や粘性によって潰れてしまうと、熱潮汐波メカニズムはうまく働きません。数値計算の結果、熱潮汐波のうち、半日潮と呼ばれる成分は地面まで届くことが分かりました。地面付近まで伝播した半日潮は、そこでスーパーローテーションと逆向きの大気の流れ(反流)を作ります。この反流と地面との間に摩擦が働くと、出来た流れが摩擦によって減衰し、反流の持っていた負の運動量がゼロになって、雲層の正の運動量だけが残ることになります。一見運動量保存則に反しているように思えますが、惑星と大気を2つあわせて考えるときちんと保存されています。惑星の固体部分から大気に正の運動量が汲み上げられているのです。

 実際にこの仮説を元にモデルを作って数値計算行ったところ、スーパーローテーションが生まれました(図3)。

「あかつき」と今後の展望

 熱潮汐波メカニズムには、いくつか問題点が残されています。もう一つの主要な仮説であるギーラッシュメカニズムと熱潮汐波メカニズムを同時に考えると、上手く説明ができなくなるのです。ところが最近、両者を入れて考えても、きちんとスーパーローテーションが成立するという計算結果が出てきました。メカニズムはほぼ分かりかけています。今後はこれを完全解明するのが目標です。

 私が主に行なっているのは数値計算を用いた研究ですが、それが正しいかどうかは現実の金星を見て答え合わせをする必要があります。

 今から10年以上前に、金星探査機の「あかつき」計画が日本で発足しました。これは金星に探査機を送り込んで大気運動を調べる野心的なプロジェクトです。私はこのプロジェクトにも関わっていて、探査機のカメラで撮影した雲の動きから風速分布を求めるという研究も行なっています。

 「あかつき」は2010年に打ち上げられたのですが、金星周回軌道への投入時にメインエンジンが壊れてしまい、金星で止まれず通りすぎてしまいました。今は金星の公転軌道に近い軌道を辿っています。しかし、観測機器は全て健全で、2015年末から2016年初頭に金星に接近するタイミングがあります。そこで残った姿勢制御用エンジンを使って、金星に軌道投入される予定です。今から3年後のチャンスが楽しみです。

惑星の不思議な大気現象

 地球では考えられない大気現象は、金星だけではありません。火星では、数年に一回起こる大砂嵐という不思議な現象があります。地球でも砂漠で砂嵐が起こりますが、火星では惑星全体を覆うような規模で起こるのです。

 木星の縞模様は東西風の流れが作り出しています。一つ一つの縞は、東に向かう流れと西に向かう流れに対応しているのです。縞ごとに風の吹く方向が交互になっています。土星の縞模様も同様です。木星の大赤斑は巨大な高気圧です。17世紀に発見され300年以上消えずにいます。

 ボイジャーなどの探査によって海王星や天王星にも、数百m/sの非常に速い風が吹いていることが分かりました。太陽から遠く、外部から受け取るエネルギーが少ない惑星で、なぜそのような激しい大気現象があるのか、興味深い問題です。

アドバイス

 将来、私のような分野を学びたいのであれば、数学と物理をしっかり勉強してください。計算力を鍛えるには、問題をたくさん解くことも必要ですが、それと同時に、納得できるまでじっくり考えることが重要です。論理的な力を身につけてください。

 数学や物理は、解答を見るとなるほどと思うでしょうが、そこで止まってはいけません。私も高校1年生の時に、どうしても関数というものが納得できず、かなり食い下がって先生に質問していました。分かったつもりになるのではなく、しつこく、自分が納得できるまで突き詰めてください。

理学部 物理科学科 木 征弘 准教授

プロフィール

博士(理学)。専門は惑星気象学。中学、高校の頃から星を見るのが好きで、友達とよくプラネタリウムに行っていた。大学に入った当初は数学にも興味があったが、物理のほうが合っていると感じ、地球惑星物理学科に進学。そこで金星の面白い気象と出会い、惑星気象学の分野に進む。群馬県立高崎高等学校OB。

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