2000年来の常識を覆した非ユークリッド幾何学—真っ直ぐではない直線を考える—

理学部 数理科学科 福井 和彦 教授

真っ直ぐではない直線を考える

 みなさんも高校までに平面図形や立体図形を学んだと思います。平行線がどんなものかもイメージできるでしょう。平行線は、直線外の1点を通りこの直線に交わらない直線はただ1つある、という文章によって定義づけられますが、実はこの文章(公理)が幾何学の歴史を大きく変えるきっかけになったのです。この公理に対する疑問から、それを否定しても成り立つ非ユークリッド幾何学が発見され、現代数学へとつながっていきます。この数学上の大きな変革について、福井 和彦先生にお話しいただきました。

2000年以上幾何学を支配した『原論』

 幾何学の歴史は古代ギリシアまで遡ることができます。この時代に、幾何学に長らく大きな影響力を与えることになる『原論』が、ユークリッド( Euclid、紀元前3世紀? - )によって著されました。

  『原論』は、その後2000年以上にわたって幾何学の在り方を決定づけました。それは私たちの直感と見事に合致したため、強力な常識となったのです。ユークリッド空間に描かれる図形はあまりにも私たちにとって馴染のあるもの、つまり、平面は平らで、直線は真っ直ぐで、平行線は交わらないといったものでした。

 ユークリッド幾何学は、次の5つの公準(現代数学の公理にあたる)によって規定されます。

一、任意の点から任意の点に直線が引ける
二、任意の有限直線を延長することができる
三、任意の点を中心とし任意の半径の円が描ける
四、すべての直角は等しい
五、2直線に他の1直線が交わってできる同じ側の内角の和が2直角より小さいなら、この2直線を延長すると、2直角より小さい側で交わる。

 表現は形式的ですが、意味するところは難しくないと思います。

 ただ、一見して分かるように、第五公準だけが「公準」という割には文章が長く、本当に幾何学の土台となる公準なのか疑問の余地がありました。

 そのため過去に多くの数学者が、第一公準から第四公準を使って、第五公準を導き出せないかと挑戦してきました。

 第五公準は「直線外の1点を通りこの直線に平行な直線はただ1つある」と言い換えることができることから「平行線公理」、そしてこれらの公準をみたす幾何学をユークリッド幾何学と呼ばれますが、この「平行線公理」は批判の対象として残り続けてきました。

『原論』に挑んだ数学者たち

 18世紀ごろになると、平行線公理に疑問を抱く数学者が現れてきます。

 主なところでは、サッケーリ( Giovanni Girolamo Saccheri、1667‐1733)が背理法を使って、第五公準を証明しようとしました。第五公準の否定は「直線外の1点を通りこの直線に平行な直線は2本以上ある」と「直線外の1点を通りこの直線に平行な直線は1本もない」の2つです。サッケーリは、第一公準から第四公準にこの2つをそれぞれ組み合わせて矛盾が生じるかどうかを調べました。そして、前者の場合、どうしても矛盾を導けないという結果に終わったのです。ただ、サッケーリはそれ以上踏み込むことはしませんでした。

 次にガウス(Carolus Fridericus Gauss、1777-1855)が平行線公理を否定した幾何学が成立することを確信しました。ただ、ガウスは非常に慎重な人物だったらしく、証明はしても公表は控えていました。

 ガウスが発表を控えている間に、ボーヤイ(Bolyai János、1802-1860)、ロバチェフスキー(Nikolai Ivanovich Lobachevsky、1793-1856)の2人が独立にそれぞれ平行線公理を否定した幾何学が可能であると発表したのです。

直線は真っ直ぐか

図1・2
図3

 ガウス、ボーヤイ、ロバチェフスキーが発見した幾何学は非ユークリッド幾何学と呼ばれています。その特徴を見てみましょう。

 直線とは「2点を最短距離で結ぶもの」と定義されます。直線がどんなものかは、ユークリッド空間では容易に想像ができるでしょう。真っ直ぐではない線では、点と点は余分な回り道をして結ばれることになります。

 ではここで、地球上の2つの都市を結ぶ最短距離を考えてみましょう。東京とロサンゼルスとの最短距離は図1ではなく、図2のような大きく北側に湾曲した曲線になります。

 実は球面上における直線は、球面上の2点と球の中心を通る平面でその球面自身を切った時に引かれる線になります(図3)。この直線の定義はユークリッド平面でも有効であり、球面という特殊事情に合わせて無理やり作り出したものではありません。

 さて、このようにして引かれる球面上の直線を考えると、どの直線にも平行線は1本もないことが分かります。つまり、球面上の幾何学では平行線公理は成り立たないのです。

非ユークリッド幾何学から位相幾何学へ

図4

 非ユークリッド幾何学では、他にもユークリッド幾何学の常識を覆す様相が現れます。

 球面上に三角形を描くと内角の和が180度を超えます。たとえば、地球上では、経度0度線、経度90度線、赤道の3つの直線によって三角形を描くことができますが、この三角形はすべての角が直角になります。内角の和は270度です(図4)

 非ユークリッド幾何学の対象となるのは球面だけではありません。たとえば、x2+y2-z2=-1( z>0)で定義される二葉双曲面上の幾何も主要なものです。この二葉双曲面上では、平行線を無数に引くことができます。また、三角形の内角の和は180度より小さくなり、三角形のかたちによっては内角の和を限りなく0 度に近づけることもできます。

 非ユークリッド幾何学は、平行線公理こそ成り立たないものの、幾何学として矛盾のない体系です。三角形の合同条件もあれば、正弦定理も成り立ちます。重心などの五心も条件付きながら存在します。

 非ユークリッド幾何学の発見によって、幾何学は図形を扱う具象的な学問から、図形を不変にする変換群の観点からより抽象的な分野へと大きく発展しました。それが、私の専門である位相幾何学などの現代の幾何学へとつながっていくのです。

位相幾何学とは

私が専門に研究しているのは、位相幾何学という分野(正確には微分位相幾何学)です。

 幾何学とは図形の形と量を扱う学問のことですが、「位相」は高校生には聞き慣れない言葉だと思います。数学ではある要素(これを元といいます)の集まりを集合と言うのですが、ただ集めただけでは、元どうしに関係性は何もありません。その元どうしを関係づけることを「位相づける」と言い、各元が位相づけられた集合を「位相空間」と呼びます。

 たとえば、人間を元とした集合を考えると、血縁関係というのは元どうしの1つの関係性になります。この人とあの人は親子関係だとか叔父甥の関係だとかいうように。また集合が空間内にある場合、元どうしには必ず距離の関係が存在します。

 図形を表面的な形に捉われずに、図形上の点と点の関係性が集まったものと捉えると、伸ばしたり縮めたり(同相写像)しても変わらない性質が現れてきます。このような視点で、図形の性質を研究するのが位相幾何学です。

 位相幾何学では、同相写像によって変換できる図形どうしは同じだとみなします。たとえば、コーヒーカップとドーナツは同じですが、ドーナツとホットケーキは同じではありません。穴は同相写像によって増やしたり減らしたりできないからです。

アドバイス

 高校生のみなさんに伝えたいことは2つあります。1つは、自分で考えて自分で工夫する習慣をつけて欲しいということ。大学は自分で考えて勉強するところですから、言われた通りの勉強だけでは、新しいことに対応することができません。

 もう1つは、何か1つの分野に浸る、熱中するという経験を大学4年間で持って欲しいということです。私たちの学生時代とは違って、最近の学生は多くの情報に囲まれ、1つのことに打ち込むのが難しい状況であるのは確かです。それは、今の学生にとって不幸なことであるとも言えます。

 とはいえ、人間にはゆったりと時間が流れる時期があった方がいいと思っています。学生時代はそれができる貴重な期間です。この貴重な期間を大切に使ってください。

理学部 数理科学科 福井 和彦 教授

プロフィール

理学博士。専門は微分位相幾何学で、特に葉層構 造論・微分同相群の研究をしている。大学院では 専門の位相幾何学について指導する一方、学部生 の講義ではひろく幾何学について担当していて、4 年生向けの特別研究では位相幾何学入門の他に 本文で紹介した非ユークリッド幾何学についても 教えている。京都府立北桑田高等学校OB。

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