動物の健康を守り、人間の健康にもつなげる
—“メラミン”によるペット大量死―そのメカニズムの解明—

総合生命科学部 動物生命医科学科 村田 英雄 教授

“メラミン”によるペット大量死― そのメカニズムの解明

 2007年アメリカやカナダで起きた、イヌやネコなどペットの大量死事件。その後の調査で、ペットフードに混入された「メラミン」という物質が原因であることが分かりました。その翌年中国で、メラミンが混入された粉ミルクを飲んだ乳児が死亡する事件が発生。いずれの事件も、早い時期に問題が鎮静化したため、日本ではあまり大きな話題にはなりませんでしたが、食糧自給率が低く、多くの国から農産物や畜産物を輸入している日本にとって、これらの事件は決して他人事ではありません。未だ謎の部分が多いメラミンが害をなすメカニズムを解明し、動物、ひいては人間の健康を守りたいとおっしゃる村田英雄先生にお話を伺いました。

新たな研究テーマの設定

 私は、農林水産省家畜衛生試験場という所に30年近く勤務してきました。その後こうして京都産業大学に移ってきましたが、公的な研究機関では、そこを辞める際、自分が関わった研究テーマや取得したデータなどは持ち出すことができません。ですから京都産業大学に来て、私も言うなれば学生の皆さんたちと同じように、また新たな研究テーマを設定し直すことになりました。

 公的な研究機関では、研究のテーマを常に自分の好きなように選べる訳ではありません。しかし、私が在籍した間に関わった研究テーマはすべて「動物の健康」、特に食、つまり飼料の安全性に関することだったという意味では首尾一貫していたのではないかと思います。そこで私が新たに取り組むことにしたのは「メラミン」という物質に関する研究です。

 メラミンはおもに食器やデコラ板のコーティングに使われる物質です。なぜこの物質を新たな研究テーマに選んだか、それには2007 年〜2008年にかけて、アメリカやカナダ、そして中国で起きたある事件について説明する必要があります。

突然のペット大量死

 2007年、アメリカを中心にイヌやネコなどのペットたちが、尿管結石による腎障害で死亡する事件が相次ぎました。その後の調査で、これらの原因がペットフードに混入されていた「メラミン」という物質であることが判明しました。

 メラミンは耐熱性があるため、おもに食器やデコラ板のコーティングに使われています。食器にも使われるくらいですから、メラミン自体の毒性は非常に低いのですが、これが「シアヌル酸」という物質と結びつくと「メラミンシアヌレート」という物質に変化し、これが水に溶けない性質を持っているため、詰まって尿管結石の原因になるのです。

  シアヌル酸は、尿素からメラミンを生成する際に発生する関連物質の一つで、いうなればメラミンの残りカスのようなものです。つまり、メラミンの純度が高ければ、シアヌル酸はほとんど含まれないので、このような問題は発生しなかったはずです。メラミンの混入自体許される行為ではありませんが、それに加え、純度の低い劣悪なメラミンを混入したことで、このような事態が引き起こされたのです。

 しかし、そもそもなぜメラミンやシアヌル酸がペットフードに混入されていたのでしょうか? ペットフードに限らず、食品や飼料はさまざまな検査が義務付けられています。ペットフードの検査項目の中に、タンパク質の含有量がありますが、その際の検出方法として、用いられるのが、ケルダール法と呼ばれる方法です。

 これは120 年ほど前に確立されたかなり古い手法で、私も学生時代に授業で学びました。物質中の窒素の量を測定し、それに一定の係数を掛けてタンパク質量を求めるという方法です。その後、その手法に改良が加わりましたが、安価で容易な割には正確な数値が出るケルダール法が、今でも標準公定法として使われているのです。

 メラミン事件は、この手法をいわば悪用したことによって発生したのです。つまり、物質中のタンパク質の量を増やすためには、物質中の窒素の量を増やせばよい訳で、そこで窒素を大量に含み、安価で無味無臭、色も白いメラミンを物質中に混入するということが行われたのです。

メラミンがなぜ腎障害を引き起こすのか?

写真1
図1

 先に述べた通り、メラミンとシアヌル酸とが結び付くと、メラミンシヌレートという物質に変わります。メラミンシアヌレートは写真1の左の写真のように、“針状”になるはずなのですが、体内ではなぜか右の写真のように“粒状”になります。この原因は未だに分かっておらず、これを現在調べているところです。

 粒状になったメラミンシアヌレートが徐々に沈着し、これが集まって結石となり、尿管に詰まって尿が正常に排泄されず、腎炎となり、最悪の場合には死亡へと至ります(図1)。なお、メラミンが体内の他の場所に沈着するという事例は発見されておらず、この反応は腎臓の中で特異的に起こる現象であると言うことができます。

 ちなみに、これらの障害を起こしたのは、イヌやネコなどの小動物に限られており、牛や豚などの大型動物での被害は報告されませんでした。これは小動物の場合、餌の管理が人間によってきちんとされている、つまりペットフードという既製品の形で与えられることが多いのに対し、大型動物の場合は、さまざまな飼料が与えられ、特定の製品のみが与え続けられることは少ないからだと考えられます。

歴史は繰り返す―日本でメラミン事件を起こさないために

 メラミン事件はその後、2008 年中国でメラミンが混入された粉ミルクを飲んだ乳児が腎臓結石を発症したケースが報告され、わずかですが死亡例もありました。しかし、アメリカでも中国でも、この問題は比較的早く鎮静化したこともあり、日本ではあまり大きな騒ぎにはなりませんでした。

 多くの人が、このような問題は日本ではほとんど起きないと考えているのではないでしょうか。日本では食品の安全性に対する認識が高く、検査体制もしっかりしており、また生産者のモラルが高いと( 今のところは)期待できるからです。

 しかし、食糧自給率が40%を切っている日本は、世界中の国々から農産物や畜産物を輸入しています。このような情勢下、「日本の食は100%安全だ」といつまでも言い続けられるとは限りません。

 このような事件の発生は、生産者のモラルに負うところが大きいため、ほとぼりが冷めればまた繰り返される可能性が高いのです。また、前回は小動物のみの被害でしたが、これが大型動物、ひいては人間に及ぶ可能性は決してゼロではありません。

 再発の危険性がある以上、この問題を研究することは非常に重要です。未解明のメカニズムを明らかにすれば、何らかの予防策が発見されるかもしれません。そのためにも、日夜研究に励み、少しでも社会のお役に立ちたいと考えています。

アドバイス

 私は、大学卒業後、大学院での研究の傍ら、家畜病院で臨床医として小動物の診療業務を経験しましたが、この分野は自分に合わないと感じ、恩師の勧めもあって、公務員試験を経て、農林水産省家畜衛生試験場へ入り、農林水産業振興に直結する研究の道を選びました。

 公的機関では、自分のやりたいことばかりできる訳ではありません。しかし、私の場合は、当時の上司の配慮で、私の大学時代の研究分野に近い部署に配属され、またその後、自分なりにやりたいこと(動物のストレスに関する研究)に携わることもでき、充実した公務員生活を送ることができました。

 このような経験から、学生の皆さんに伝えたいことは、次のことです。たとえ命じられてする仕事でも、その中に何か一つは楽しいことが必ずあるはずです。その楽しさを見出せれば、自分はその仕事に向いていると言うことができ、もし無ければその仕事には向いていない、ということではないかと思います。また、どんな仕事や研究でも、問題を解決できた時には充足感を得ることができるはずです。それを一つひとつ積み重ねていけば、「自分が選んだ道は間違っていなかった」と納得できて、またさらに先に進めるのではないかと思います

総合生命科学部 動物生命医科学科 村田 英雄 教授

プロフィール

博士(獣医学)。専門は応用獣医学、畜産学。徳島市で生まれ、父親の転勤で全国を渡り歩く。高校時代に旅行をした北海道が、何となく将来の自分に合っているような気がして、北海道大学獣医学部へ。その後、農林水産省家畜衛生試験場へ入所。平成22年4月より現職。国立大学法人奈良女子大学附属中等教育学校OB(高校部編入生)。高校時代は歴史研究クラブに所属し、日本古代史に傾倒。京都に赴任後、久しぶりに奈良を訪れ、古都で過ごした10代後半の思い出に浸ったとのこと。

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