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ユビキタス住宅に詰め込まれた未来のコンピューティング
—テクノロジーと共に変貌する生活スタイルを考える—
コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 平井 重行 准教授
テクノロジーと共に変貌する生活スタイルを考える
私たちの身の回りには、コンピュータがあふれています。今後コンピュータはますます私たちの生活に深く浸透していくでしょう。この発展の最終的な目標とされるのが「ユビキタスコンピューティング」という概念です。身の周りのあらゆる物や場所にコンピュータが埋め込まれており、しかもそれを意識することなく使うことができる、未来の生活スタイル。平井重行先生が取組んでいるのは、住宅の中でそのユビキタスコンピューティング環境を実現することです。ユビキタスコンピューティングが描き出す少し先の未来について、実際の実験施設を踏まえながら、お話しいただきました。
ユビキタスコンピューティング
私の研究コンセプトの1つは「ユビキタスコンピューティング(Ubiquitous Computing)」です。いたるところにコンピュータがあるという意味ですが、携帯電話の普及などとは根本的に発想が違います。
ユビキタスコンピューティング環境の実現においては、コンピュータが身の回りの環境や物に埋め込まれており、ユーザに「コンピュータ」を使っているという意識がそもそも生じないことが大切です。
例えば、鉛筆で文字を書く時、鉛筆の芯が何でできていて、どういう機能を持っているか……ということをいちいち気にする人はいないと思います。同様に、椅子やテーブル、服の中にコンピュータが埋め込まれていても、その存在や仕組みを意識せず、やりたいことを達成できる。これを住宅の中で実現するのが、私の目指す方向です。
そこで研究に用いているのが、実際に人が暮らすことができる実験住宅です。ここに一月くらいずっと住んでもらい、動作や行動、生理指標などを計測することで、人がどのように生活をしているのかを分析することができます。またここで、ユビキタスコンピューティングを実現する新しい機能やシステムを動かして、実際に住んでもらいながらその有用性を確かめることもできます。
これまで世の中になかった新しいシステムは、第一印象だけではなく、定常的に使い、本当に役に立つのか、必要なのか、使い続けることができるのか、などを検討しなければなりません。そのためにも、このような生活実証実験の場が重要なのです。
実験住宅で探る最新テクノロジーの可能性
この実験では、新しいテクノロジーを導入していく中で、それによって変わる生活スタイルの提案も目指しています。
一例を挙げると少し特殊なメガネをかければ、その人が家のどこにいてどちらを向いているのかがわかる仕組みを導入しています。この位置情報を利用すれば、わざわざテレビやパソコンのモニターまで行かなくても、さらにテレビやパソコンの方向に顔を向ける必要すらなく、プロジェクタによって目の前に必要な情報を投影表示させることができます。
また、壁の一面がタッチディスプレイになっており、触れた場所を検出するマルチタッチ機能が組み込まれています。この壁ディスプレイの応用には「電子書籍の本棚」があります。本棚というのは置いてある本によって話のきっかけが生まれるコミュニケーションツールでもあります。それを電子書籍という形のない本で実現しようというものです。棚の切り替えやジャンルの抜き出し、配置替えや検索が自由自在にできるという普通の本棚ではできない便利さもあります。
浴室にも様々な仕組みがあります。埋め込んだICタグによって洗面器やシャンプーボトルなどの物の場所が検出でき、使った物が何かわかるのですが、これによって人の行動を推定することもできます。シャンプーが使われ、トリートメントが使われれば、きっと頭を洗っているのだろう、というようにです。同じように、洗い場のものがどのように使われているかを見ることで、少なくとも「溺れてはいない」といった情報が得られます。高齢者などの安全を見守るシステムとしても実現できるのです。
もちろん、人によって物の使い方や順序は異なりますので、私たちは実際のお風呂で人々がどのような入浴行動を取るのか100人以上を対象に調査しました。このデータをコンピュータに学習させることで、今では使うものや順序に多少の個人差があっても9割近くは正確に入浴行動が推定できるようになりました。
ポイントは、ユーザは新たに何かを覚える必要がなく、普段どおり入浴すればいい点です。ユビキタスのわかりやすい一例だと言えるでしょう。
洗面台の鏡と一体化したディスプレイも既に実現しています。これは鏡自体がハーフミラーになっており、背後から文字やアニメーションなどを映し出すことで、色々な情報を表示できる仕組みです。歯を磨きながらニュースのヘッドラインをチェックすることもできるので、朝の忙しい時間などに役立つでしょう。更にセンサと組み合わせれば、化粧したりひげを剃ったりするときに、鏡の顔の位置に重ねて何か情報を表示することもできます。
出かけるときに、玄関に天気の情報を表示させる試みも進めています。ただ傘マークを表示するだけでは面白くないので、雨があたかも玄関に降っているかのようなアニメーションを投影するアイデアなどを考えています。このような表現方法も重要な要素の一つです。色々な情報の提示の仕方があるのなら、その中で何が良いのかを考えていきたい。突き詰めていけば、メディアアートと融合するものも出てくるでしょう。
ユビキタスコンピューティングの展望
宇宙の大規模構造が、いつ、どのようにして形成されたのか、というのは私の研究対象のひとつです。
今後ユビキタスコンピューティングが一般化していく中で、人々の生活スタイルはどう変わっていくのでしょうか。
研究としては、脳科学系の研究室と共同で、住宅の中で日常生活を送ってもらいながら脳活動を測る研究や、センサで人の姿勢やジェスチャーなどを検出し心拍などの生理指標とも併せて人間の活動を総合的に測定するような研究も進めていきたいと考えています。そしてそれらを活用して医療や健康管理にも役立てていきたいと思っています。
他の例としては、テレビが挙げられます。毎朝テレビでニュースを見る人は多いと思います。しかし、テレビである必要性は本当にあるのでしょうか。今では、携帯電話でもニュースは見られますし、今後は家中の壁や床、テーブルがディスプレイとして機能するとなれば、必ずしも今の形のテレビである必要はなくなるとも考えられます。家でバスの発車時刻を知りたいときに、携帯を開いて調べるより冷蔵庫に貼ってある時刻表を見るほうが早いということもあります。発車時刻を知りたいときにそれが目の前に表示される環境があればいいのです。それがあれば、携帯を操作したり、時刻表をわざわざ見ることも減るでしょう。これこそ、ユビキタスコンピューティングの発想です。情報を得る手段が増えると、行動や時間の使い方が変わり、ひいては生活の質が変化していくでしょう。
実験住宅を用いた研究はまだ始まったばかりです。最先端の仕組みの開発を続けながら、人の行動をどう測り、情報をどう提示・利用するのがより良いのか、常に模索していきたいと思います。
コンテクスト・アウェア
大規模構造の種となった「ゆらぎ」は、宇宙誕生初期のインフレーションとも密接な関係があります。
ユビキタスコンピューティングの実現に欠かすことができないのが、「コンテクスト・アウェア(context aware)」という概念です。コンテクストは文脈や話の流れ、アウェアは気付きを意味する言葉で、要は「状況理解・把握」という意味になります。人は誰かがそばで会議をしているときに、自分が参加していなくても声が聞こえてさえいれば中身を理解することができます。そして、文脈を理解して口を挟むことができる。声に限らなくても、例えばキッチンで晩ご飯を作っているという状況を、「夕方」「キッチンから」「包丁の音が聞こえる」という情報から正確に理解することができたりもします。
このように、いつ、どこで、どんなことをしているかというデータから、大枠として今どういう状況下なのかコンピュータに理解させることがコンテクスト・アウェアなのです。
すべての状況を理解することはできなくても、「朝学校に向かうため急いでいる」など一部の状況が理解できるだけでも、非常に役に立ちます。
完全に全ての状況を理解するという汎用的なコンテクスト・アウェアのコンピュータ処理は難しいですが、特定の生活に即してよくある状況の処理がまず出来るようになることが第一歩となるでしょう。携帯電話は家の外では肌身離さず持っていることが多いため、その手段として非常に重要視されていますが、自宅の中では外と扱われ方が変わります。ですので、住宅の中では携帯電話をあてにせず、環境側が人を測って理解してくれるものを目指しています。
近未来のお風呂!?
浴室という空間については、今も新しい研究が進行中です。例えば最近女性の間で人気のミストサウナに着目し、霧に光を当てることでオーロラのようなものをお風呂場でつくろうというアイデアも抱いています。
新しいシステムを組み込む場合、それを操作するリモコンなどが不可欠ですが、壁にリモコンがそのまま張り付いている状況は不恰好ですよね。そこで、よりスマートでおしゃれな環境を目指すために、操作パネルを浴槽の縁に組み込みました。浴槽自体がタッチセンサになっており、そこに天井のプロジェクタから画像を投影して操作パネルを表示します。今はピコプロジェクタという携帯電話サイズの高性能なプロジェクタが出てきていますが、数年後には更に小さくなり、防水タイプも登場するでしょう。このようなプロジェクタが普及すれば、天井や壁に貼り付けるだけで色々なことを実現できます。
タッチセンサだけでなく、浴槽の縁をこすった際の「キュッキュッ」という音を検出する仕組みも作りました。これを何かに活用しようとして作ったのが、DJのターンテーブルのスクラッチ演奏になぞらえて遊べる音楽アプリケーション(Bathcratchyoutubeにて動画公開中)です。こすった音で何かの入力を行うというのは水場でさえあれば浴槽に限らず壁やテーブルなどでも実現できるため、色々な応用が考えられます。こすり方やこする指の本数などで様々な入力ができるので、多様な操作が可能になると期待しています。
アドバイス
大学で専門の勉強をする際には、熱中してものに取り組む能力が必要です。
高度な知識を身につけなくてはいけなくなったときに、その勉強にどこまで没頭できるかが鍵になるのです。もう少し時間をつぎ込んで自分で考えれば辿りつける、というところで止めてしまう人が多い。今に始まったことではありませんが、学校や塾、予備校でも、自分で何かをやったり、試行錯誤を重ねたりという機会が減ってきていると思います。
コンピュータの勉強は、最初のうちは体育会系的なところがあります。座学はもちろん、実際にトライアル&エラーを繰り返して、トラブルを乗り越えていった数が実力になるからです。
実際の機械をいじるだけでなく、プログラムを作るということでも、どれだけの時間を費やしたのかという点も大事になってきます。そういう作業を面白いと思って熱中できれば、上達は早いです。
昔はコンピュータも今ほど便利なものではなく、プログラムを自分で打ち込んで使うくらいしかできることがありませんでした。だから興味を持って面白いと思う人しか扱うことがなかったのです。そういう人間が頑張ってきてこの分野は発展してきたのです。
研究に限らず、社会に出るにあたっても、何かに熱中できることは大事です。自分がアピールできるものを持つために、勉強に限らず没頭できる力を身につけてください。
コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 平井 重行 准教授
- プロフィール
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博士(工学)。専門はヒューマンコンピュータインタラクションや音楽などのメディア情報処理。ソフトウェア開発をメインの活動としながらも、エレクトロニクスなどの基盤技術のチェックは日々欠かさない。アイデアを分かりやすく提示するためのデザイン的な視点も取り入れつつ、将来的な技術を常に見据えながら今を考えていきたいと語る。大阪府立三国丘高校OB。