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数列からゼータへ—オイラーの手計算、ザギエの数値計算、そして…—
理学部 数理科学科 田中 立志 准教授
オイラーの手計算、ザギエの数値計算、そして…
高校数学で習う数列では、並んだ数の間に成り立つ規則性を見つけたり、数列の和を求めたりします。計算問題は解けても一体どのように発展していくのかわからないという人もいるでしょう。実は、そのように高校で慣れ親しんだ数列にも、興味深い話題がたくさん存在します。数列にまつわるパラドックスから、多重ゼータ値やザギエの次元予想といった最先端の話題まで、その幅広い魅力について、数列に詳しい田中立志先生にお話しいただきました。
数列の魅力
数列とは言葉の通り、数を並べた列のことです。一つひとつの数に着目することはとても大切なことですが、一方で、数列といういくつかのまとまった数を眺めたときに見えてくる規則の数々も、大変興味深いものです。たとえば、11,8,5,6,4,…と続く数列があれば、次の数が何なのか気になりませんか。
高校数学では、数列の一般項の求め方や、等差数列・等比数列、数列の和などを学ぶと思います。証明などでよく使う数学的帰納法も数列の応用の一つです。しかし、実際に数列の問題を解いていても、その面白さをあまり実感できない人もいるかもしれません。
数列にまつわる問題は、日常的なレベルから、未だに解決されていない超難問までたくさん存在します。江戸時代の和算家吉田光由が記した『塵劫記(じんこうき)』に登場する「ある期間にどれだけねずみが増えるか」というねずみ算の問題や、利息が将来どこまで膨らむかという複利計算は、身近なところで役立っている数列の例です。
ここでは、高校で習う数列の知識をもとに、一歩進んだ数列の面白い世界をいくつか見ていきましょう。
数列とパラドックス
まずは、数列に関連したパラドックスを二つ紹介しましょう。一つ目は数学的帰納法に関連した話です。
『髪の毛が一本もない人はハゲである。ハゲの人に髪の毛を一本追加してもハゲである。したがって世の中のすべての人はハゲである』
もちろんそんなはずはないのですが、議論の仕方を見ると一見間違ってはいません。nで成り立つと仮定して、n+ 1でも成り立つならば、任意のnで成り立つというのが数学的帰納法です。その考え方からすればこの主張は正しいのですが、明らかにおかしいですよね。
実は、「ハゲ」という言葉の定義が数学的に明確ではないため、このようなパラドックスが生じてしまうのです。これは「ハゲ頭のパラドックス」として古くから知られているものです。
二つ目は目の錯覚によるパラドックスです。図1を見て下さい。
この図は、一辺の長さが1の正三角形の頂点を折り曲げる操作を繰り返した結果です。折り返しただけですので、もちろん辺の長さが変わることはありません。この図で並んだ図形は、底辺以外の辺の長さの和は2,2,2,…とどこまでいっても2です。しかし、この操作を無限に行った後の一番右の図では、底辺とそれ以外の長さが一致しているように見えます。つまり、2,2,2,…という数列が1に収束してしまうかのようです。もちろん、数学的にそのようなことが起こるわけがありません。さてこの真相はどこにあるのでしょうか。
実際には、いくら折り返していっても高さが0になることはありません。その極めて小さな高さを考えれば、これは2に一致するのです。
このようなパラドックスに直面した時も、数学的に思考して真実を見つけられる力を養いたいものです
べき和公式
皆さんは高校数学で、
という数列の和の公式を学んだと思います。それではなどを求めるにはどうしたらいいでしょうか。
試しにを求めてみましょう。まず(k+1)5の展開式を考えます。
右辺の各係数はパスカルの三角形を作る二項係数と呼ばれる数です。右辺のk5を左辺に移すと、
となります。両辺k=1からnまでの和を取ると、
斜線を引いた項が相殺され、式①が出てきますが、 Σk4 以外の項はすでに知っていますね。よって、 Σk4=という形に変形して、残りの部分には公式を当てはめると、
という答えが出てくるのです。
このような公式は、一般に「べき和公式」と呼ばれており、ベルヌーイ数という興味深い数とも密接に関連してきます。
数列の反転
図2は初項1 、公比3の等比数列{1,3,32,33,…}からスタートして、左の数から右の数を引くという操作を繰り返したものです。この図の左端には新たな数列{1,-2,4,-8,16…}が現れていますが、これは初項1、公比−2の等比数列になっています。この左端に並ぶ数列を、元の数列の反転といいます。
反転にはさまざまな性質があります。例えば、反転させた数列を再び反転させると元の数列に戻ります。図を逆から見ればこれは明らかでしょう。また、少し煩雑になりますが、反転させた数列の和の数列をさらに反転させて和をとると元の数列に戻ります。
反転数列の例を見てみましょう。たとえばフィボナッチ数列※1の反転はまた(ほぼ)フィボナッチ数列になります。また、数列{1,,,,…}の反転はそれ自身になります。
数列の反転にはさまざまな興味深い性質や応用があるため、いろんな数列の反転を求めてみると面白いでしょう。
※1 フィボナッチ数列 a0 =1,a1=1, ak+2= ak+1+ ak(k≧0)という形で表される数列のこと。
リーマンゼータ値と多重ゼータ値
ここからはゼータの話をしましょう。
まず、リーマンゼータ値というものをご紹介します。名前だけ聞くと難しそうですが、式で書いてしまえば単純です。
k=1のとき、この無限級数は無限大に発散してしまいますが、2以上であれば何かの値に収束することが知られています。
このリーマンゼータ値に関しては、次の驚くべき事実が成り立ちます。
この式を約300年も前に手計算で見つけ出した人物こそ、最も名前の知られた数学者の一人、レオンハルト・オイラー(LeonhardEuler, 1707-1783)です。オイラーが解き明かしたのは、この偶数点での値の公式です。では、奇数点におけるリーマンゼータ値はどうなるのでしょうか。これに関しては今なお未解決な部分が多く、一般には大変難しい問題だろうと思われています。
私の研究対象は、リーマンゼータ値を発展させた「多重ゼータ値」と呼ばれるものです。多重ゼータ値に関しては、ザギエ(Don B.Zagier,1951-)の次元予想という大きな予想が立てられています。ザギエは人並み外れたプログラミングの能力によって、コンピュータで上手い数値計算を行いこの予想を立てました。ここでは詳細に立ち入ることはしませんが、多重ゼータ値に関して多くの関係式が成り立つことなどを示唆した予想です。この予想はかの有名なリーマン予想※2にも匹敵する、あるいはそれ以上に難しい問題かもしれません。
オイラーは手計算で、ザギエは数値計算で、それぞれゼータに関する大きな成果を打ち立てました。技術の進歩と同時に、数学も次々と新しい成果が生まれています。ゼータに関しても、今後の発見が楽しみです。
※2 リーマン予想については『サイエンス&テクノロジーvol.4 』「素数が奏でる数学の謎」村瀬 篤 教授 (バックナンバー)を参照。
オイラーの公式
数学をやっていると、必ずと言っていいほどレオンハルト・オイラーの名前をどこかで見聞きするでしょう。オイラーの公式やオイラー定数、オイラー方程式にオイラーの多面体定理などなど。オイラーが一生涯に書いた論文は850本を超えます。これは、50 年間研究を続けたとして、およそ3週間に一本のペースで論文を書き続けたことになります。この数字だけ見ても、彼の並々ならぬ偉大さが伝わってきます。
彼は解析学や幾何学、代数学で多くの業績を残し、更に物理学者・天文学者として活躍した幅広い才能を持った人物でした。
そんな彼の初期の仕事の一つが、リーマンゼータ値に関するものです。彼が手計算でこの事実を導き出したのは今からおよそ300年前。計算機もない当時の人たちにとっては、とても驚かされる結果だったでしょう。今では、この公式は彼の功績をたたえて「オイラーの公式」と呼ばれています。オイラーの公式というと多くの人が思い浮かべるのは eiθ=cosθ+isinθのほうでしょうが、このリーマンゼータ値におけるオイラーの公式も、代数学ではとても重要なものなのです。
アドバイス
「好きこそものの上手なれ」
高校までは成績の良し悪しがとても大切な要素であり、競争社会で生き抜こうとするならば大学以降もずっとそうかも知れません。しかし、それがすべてではないと私は思います。成績はあくまで節目ごとでの評価であり、その人の持ち味はいつどこで発揮されるかわかりません。
実は私は学部時代から代数学は苦手で、解析学のほうが得意でした。しかし、実際にやっていて面白く感じたのは代数学のほうでした。好きな事であれば続けられます。普段何気ないときにふと考えたり実際に計算してみたり。今こうして代数学の専門家になっているのも好きなことをやっていた延長線上だと思っています。
理学部 数理科学科 田中 立志 准教授
- プロフィール
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博士(数理学)。専門は整数論の中でも特に多重ゼータ値や多重L値。生まれは福岡県。幼少(1歳10ヵ月くらい)のころは積み木遊びが大好きな子どもだった。小中高と、算数・数学の先生に恵まれて育ち、高校数学の中では数列が特に好きだったという。趣味は囲碁(アマ五段程度)。私立東明館高校OB。