物質の変化をミクロな結晶構造から探るX線の目
—物質の本質がはっきり現われる「革命」を捉えろ!—

理学部 物理科学科 下村 晋 准教授

物質の本質がはっきり現われる「革命」を捉えろ!

 温度を変えると、水は氷になったり水蒸気になったりします。この現象は、液体から固体に、あるいは、液体から気体になっているとも言えます。このような現象を相転移と呼びます。相転移は固体の中でも起こり、相転移に伴って物質の性質が大きく変わることがあります。温度を変えたり圧力をかけたりすると、磁気的性質が現れたり、電気抵抗が急激に変化したりする場合がその例です。X線回折によって物質の結晶構造の変化を調べ、物質の性質の謎に挑んでいる下村晋先生に、その調べ方と実例についてお話しをお聞きしました。

物質の結晶構造を探り出す短い波長

写真

 私の研究は、X線を使って物質の結晶構造に関する情報を得て、物質の性質の起源をミクロな観点から明らかにすることです。なぜX線を使うのかというと、可視光を用いて物質を光学的に拡大していっても限界があるからです。可視光の波長は原子と原子の間隔よりもずっと長いため、原子の並びを直接見ることができません。それに対して、X線は紫外線よりさらに波長の短い電磁波で、その波長はちょうど原子と原子の間隔と同じぐらいです。そのため、結晶構造を調べるのにX線が使われるわけです。

 X線を発生させる方法は、X線管を用いるのが一般的です。このほかに、放射光(シンクロトロン放射)を用いる場合もあります。放射光とは加速器から放射される電磁波のことで、優れた特性をもつことから実験をする上で様々な利点があります。

 X線によって結晶構造を調べる方法は、私たちが日常的にものを見る方法とは異なり、X線を結晶に当てたときに起こる回折現象を利用します。結晶では規則正しく並んだ原子が回折格子のように働き、散乱されたX線が干渉することによって、特定の条件が満たされたときに強い強度が現れます。この条件は、原子が構成する面によってX線が反射されると考えることによっても理解できます。図1に示すように、X線がθの角度で入射し、距離dの間隔をもつ面によって反射されるとします。隣り合う2つの面で反射したX線の道のりの長さの差がX線の波長λの整数倍になったとき、すなわち2dsinθ= nλ(nは整数)の条件が満たされたとき、干渉による強め合いが起こり「ブラッグ反射」と呼ばれる強い強度が現れます。この条件式はブラッグの条件と呼ばれ、高校の物理の教科書にも載っていますのでご存じの方も多いと思います。

 数多くのブラッグ反射の強度を収集し、その強度を解析することによって原子がどのように並んでいるのかを明らかにすることができます。これを結晶構造解析と呼びます。これまでに、数多くの物質の結晶構造がX線回折により明らかにされています。

相転移は物質内の革命

 私は、低温や高温、高圧、強磁場といった様々な環境下で物質がどう変化していくのかを調べ、物質の性質を結晶構造の観点から解き明かすことに興味を抱いています。温度や圧力、磁場といった物質をとりまく外部環境を変えると、絶縁体から金属に変わったり、磁気的性質が変化したりする場合があります。このような相転移による変化は2つの状態間の劇的な変化であり、物質内の革命に例えられることもあります。

原子が動くと回折も変わる

 外部環境を変えながら物質にX線を当てて調べると、結晶構造の変化を知ることができます。結晶構造が変わるとその変化に対応してX線回折強度のパターンも変わります。例えば、反射の強度や位置が変わったり、反射が現れたり消えたりといったことが起こります。

 結晶の様子を捉える方法は、ブラッグ反射を調べるだけにとどまりません。ブラッグ反射は原子が規則的に並んでいることに由来していますが、原子の位置がその規則からわずかに乱れると、非常に強度が弱いぼやけた散乱強度も現れます。このような散乱を「X線散漫散乱」と言います。X線散漫散乱を測定することにより、結晶中の原子の並びの乱れや格子振動(結晶格子を構成する原子の微小振動)に関して知ることができます。相転移が起こる際にはその前兆が「ゆらぎ」となって現れる場合があり、X線散漫散乱を測定することによって、その様子を捉えることができます。

放射光を用いたX線回折によってSmNiC2の特異な性質を解明

写真
写真

 X線回折を用いた最近の研究例を紹介します。私たちは、SmNiC2という化合物を舞台として、電荷密度波と呼ばれる現象が起こっていること、さらに、その電荷密度波がこれまで関係がないと思われていた磁性と強い相関があることを示す実験結果を得ました。

 SmNiC2は図2に示すような結晶構造をとります。この物質の電気抵抗率は、温度変化に対して複雑な様子を示します(図3)。温度の低下に対して、148K(約-125℃)で折れ曲がりを示し、さらに17.7K(約-255℃)で約一桁も不連続に減少します。この折れ曲がりや不連続な変化は相転移が起こっていることを示しています。興味深いのは、17.7Kでは強磁性相への相転移が起こることが既に報告されていますので、磁気的変化と電気的変化が同時に起こっていることです。

 148Kでの相転移は、電荷密度波という状態への変化ではないかと考えました。電荷密度波は、電子密度が空間的に特定の周期で変化した状態です。電子と格子の相互作用が存在する場合には、格子の歪み(原子の変位)が同じ周期で同時に発生することが知られています。図4に電荷密度波の概念図を示します。(a)は電荷密度波になる前の状態で、原子は長さaで等間隔に並んでおり電子密度は一様だとします。(b)は電荷密度波状態の例で、電子密度の変化と原子の変位が起こっており、その周期が倍の2aとなっている様子が描いてあります。電荷密度波状態になり、原子の位置が周期的に変化すれば、X線回折で捉えることができるはずです。

 そこで、兵庫県播磨科学公園都市にあるSPring-8と呼ばれる実験施設で放射光を用いた精細なX線回折実験を行いました。その結果、148K以下で結晶構造の周期が変わったことを知らせてくれるサインである超格子反射(衛星反射)※コラム参照と呼ばれる新しい反射が現れることを見出しました。さらに148K以上ではX線散漫散乱が観測されました。このX線散漫散乱は格子振動の振動数が減少することを示唆しており、電荷密度波転移の前兆現象と考えられます。これらの実験結果は、148K以下で電荷密度波状態になっていることを示しています。

 さらに17.7K以下に温度を下げると、超格子反射(衛星反射)が消失することがわかりました。このことは、148K以下で形成された電荷密度波が17.7Kでの強磁性転移に伴って消失するとして理解できます。以上のように、電荷密度波と磁性とが強く結合したこれまでにない現象であることを発見したのです。

物性物理学の重要性

 X線回折を用いて結晶構造やその変化を調べる実験手法と、相転移に関する最近の研究の一例を紹介しました。

 ラウエによるX線回折の発見から約100年が経ち、X線回折・散乱に関わる実験技術や解析法は大きな進歩を遂げています。さらに、放射光の登場によってX線を用いた新しい実験手法が次々と開発され、新しい研究分野も生まれています。

 物性物理学は基礎的な学問として魅力的な分野であり、理論、実験の両面から発展し続けています。一方で、物性物理学はエレクトロニクス等の様々な分野に応用されていることから、実学という側面も持っており、その重要性は今後も変わらないと考えられます。私自身も、「物質の性質の謎の解明」に今後も関わっていきたいと考えています。

超格子反射

写真

 原子が規則正しく周期的に並んでいる結晶にX線をあてると、条件が満たされたときに反射強度が現れます。その現れ方は周期的であり、グラフに表すと上のグラフのようになります。

 何らかの要因によって結晶中の原子の位置が変わって周期性に変化が起きると、それに応じてX線回折にも変化が現れます。下のグラフのように、もともとあった強い強度の間に新たな反射強度が現れることがあります。このような反射を超格子反射と呼びます。超格子反射は結晶構造に変化が起きたことを知らせてくれるサインといえます。

理学部 物理科学科 下村 晋 准教授

プロフィール

博士(工学)。専門は物性物理学、構造物性、X線回折、X線散漫散乱、コヒーレントX線回折など。学部3年生のとき、実験でX線を使ったNaCl結晶の回折現象を調べたことが現在の研究分野との出会い。教員や大学院生からの刺激を受けてX線回折による物性物理学の研究に興味を持つ。これまでに知られていなかった物質の性質を発見することや、なぜそういう性質が現れるのかをミクロな観点から解き明かすところが物性物理学の魅力と語る。奈良県立北大和高校(現:奈良北高校)OB。

PAGE TOP