光合成を制御するタンパク質の働きを発見
—知らないことだらけの光合成 ― その謎を明らかにしてゆく—

総合生命科学部 生命資源環境学科 本橋 健

知らないことだらけの光合成 ― その謎を明らかにしてゆく

 植物が糖をつくる働きである「光合成」については、教科書で学習することもあって、中学生でもその内容を理解しているように思われます。しかし、例えば植物が、光が強い時や弱い時、寒い時や暑い時など、さまざまな環境のもとで、いかにして最適な状態で光合成をおこなっているのか、など実際にはわかっていないことが多いのです。というのも、光合成の仕組みには、さまざまな制御がかかっていて、進化の過程において、それらの中から最適なものが選択され、非常に複雑で精密な仕組みができ上がっていったと考えられているからです。そんな謎の多い光合成の仕組みを、一つひとつ明らかにしていきたい、とおっしゃる本橋健先生に、お話を伺いました。

光合成の原動力は電子の流れ

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 植物が光の力によって、空気中から取り入れた二酸化炭素から糖をつくり出し、酸素を空気中に放出する。光合成とはそのようなものだ、とみなさんも学んだことだと思います。もちろん間違いではありませんが、これは、光合成というものを、非常に大雑把に捉えた見方でしかありません。

 そもそも光合成はなぜ起こるのでしょうか。植物が光を浴びると、葉緑体内のチラコイド膜というところで電子が発生します。この電子がその後複雑な動きをし、ATP(エネルギー源)とNADPH( 相手を還元させる力を持つ)をつくり出し、ここで作られた2つの物質を使い、カルビン回路の働きによって二酸化炭素が固定され、糖がつくられるのです。光合成反応の前半部分であるATPとNADPHを作りだすところは、光が直接働きかける反応なので昔から「明反応」として知られています。これに対して、ATPとNADPHを使って二酸化炭素を固定するカルビン回路( 後半部分)には、一見すると、光は無縁のように感じます(そのため、古くは「暗反応」と呼ばれていた)。しかし、植物の体は巧妙にできていて、光が当たる昼に、カルビン回路も共に活性化する仕組みが備わっているのです。このカルビン回路の調節に大切な役割を果たすのが、チオレドキシンというタンパク質です。(図1)

 チオレドキシンには、相手のタンパク質(標的タンパク質)に電子を渡し還元する働きがあります。相手を還元すれば自分が酸化され、酸化されたチオレドキシンはまた電子を受け取り、ということを繰り返します。

 では、なぜチオレドキシンが相手のタンパク質を還元することで、カルビン回路のように光と直接関係ないところでも光の明暗で働きの調節を行うことができるのでしょうか。実は、チオレドキシンは、光合成の明反応から出てくる電子の流れの一部をもらってカルビン回路で働くタンパク質の還元をしているのです。つまり、光が当たるとカルビン回路で働くタンパク質は還元されるのです。

レドックス制御により効率よく光合成をおこなう

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 光合成の明反応をスタートにして、チオレドキシンとその標的タンパク質は電子のやり取りをすることで酸化・還元を繰り返しますが、還元されたタンパク質は活性が高くなり、一方酸化されたタンパク質は活性が低くなるという性質があります。

 みなさんもご存知のように、タンパク質は、ひも状の構造が複雑に折りたたまれて構造形成されていますが、その中にアミノ酸同士が結合している部分(ジスルフィド結合)があり、そこに電子が入ってくると、結合が切れ活性が高くなるのです。反対に電子をとってやると、元の結合状態に戻り、活性が低くなります。(図2)

 活性が高くなれば光合成の後半部分(カルビン回路)が促進され、低くなれば活動が抑制される、つまり植物は光の多い昼と、少ない夜とで活動を自動的に調節していることになります。このことを「レドックス制御」と呼びます。レドックス(redox)とは、reduce(還元)とoxidation酸化)の合成語で、つまり酸化と還元により制御するシステムということです。

これは、光合成の前半部分の反応である、いわゆる「明反応」が昼に進むのと協調して後半部分の反応も進めることができるので、植物が光合成をするのに非常に好都合な調節メカニズムなのです。

標的タンパク質を同定する新しい技術を開発

 チオレドキシンが標的となるタンパク質に電子を受け渡すことについては、かなり前から分かっていましたが、最終的な標的タンパク質がどれくらいあるのか、という点は分かっていないことが多かったのです。というのもチオレドキシンは、相手に電子を渡すと離れていってしまい、また生体内で常に動いているため、調べるのが非常に難しかったのです。これをいわば「静止画」として見る方法が、今から約10 年前に開発され、その研究に私も大きく関わりました。

 その方法というのは、チオレドキシン中のジスルフィド結合部分、この場合はシステインというアミノ酸同士で結合していますが、この片方を、セリンというアミノ酸に変える(この操作をわれわれは「潰す」と呼んでいます)のです。こうするといちどチオレドキシンと結合した標的タンパク質はチオレドキシンから離れることができずに、チオレドキシンの標的タンパク質を繋ぎ止めておくことができます。

 実はこの方法が可能になった10年ほど前に、われわれ研究者にとって幸運なことが2つありました。1つは、2002年にノーベル化学賞を受賞された田中耕一さんが開発した質量分析装置です。これは非常に少ない量でもタンパク質を同定できるのですが、われわれが開発した技術で抽出できるタンパク質は非常に微量で、20年前には難しかったことが、この田中さんによって開発された分析装置により、少量でも解析が可能になったのです。

 もう1つは、2000年に、植物で初めて、シロイヌナズナ( 写真)のゲノム解読が成功したことです。これにより、さまざまな実験・観察が容易になりました。シロイヌナズナはその辺にたくさん生えていますから、今も私は多くの実験・観察に用いています。このように、新しい発見は、多くの先達や他の研究者による発見の積み重ね、そしてテクノロジーの進歩があってこそ、もたらされるものなのです。

応用のためにまずは基礎研究を

 現在、光合成に関しては、農学や環境学など、いわゆる応用の分野からも大きな注目を浴びています。例えば、光合成をもっと促進する方法を考え、大きな農作物を育てたり、あるいは空気中の二酸化炭素を除去する、といったテーマが挙げられます。先にお話ししたように、光合成にはさまざまな制御がかかっているので、ある所で光合成を促進するような刺激を与えても、他の部分で制御がかかって、結果的には望んでいた反応が進まない、という可能性があって、このような応用技術の実現は、そんなに簡単にはいかないように思います。

 光合成には未解明の部分が非常にたくさんあるので、まずは基礎研究を積み、その未解明の部分を、一つひとつ明らかにしていくことがまずは重要だ、というのが私の立場です。中でも、現在私がもっとも関心を持っているのは、どうして1つのタンパク質が、いろいろな所に電子を渡すことができるのか、同じタンパク質といっても、一つひとつ全く構造が違うのに、なぜそのようなことが可能なのか、ということです。このような地道な研究を積み重ねた先に初めて、応用という形で光合成が新たな脚光を浴びるのではないでしょうか。

標的タンパク質の解析法

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 チオレドキシンの標的タンパク質を調べるために、次のような方法を用いています。遠めで見ると粉末にしか見えないような非常に小さなビーズに、チオレドキシン( 反応に必要な箇所を潰しておいたもの)をくっつけて、水を入れた容器の中に沈めます。この中に、植物から抽出したタンパク質を含む溶液を入れ、その後ビーズを取り出して、実際にチオレドキシンとくっついたタンパク質は何か、ということを分析します。テクノロジーの進歩によって、非常に少ない量で、しかも速く分析できるので、以前では考えられなかった方法です。

アドバイス

 自分がこの分野に進むきっかけになったのは、大学3年の時に聴いた、分子生物学の講義でした。つまり純粋な興味から、それまでの化学の分野から生物の分野へ転向した訳です。

 これから私のように研究の分野へ進みたいと考えている方は、1つでもよいので、自分が「これは面白い」というものを見つけてほしいな、と思います。そのためには、まずはたくさんのことに関心を持たないといけませんから、幅広い分野に知的好奇心を発揮してください。

 その中から、自分が本当にやりたいことを1つ選び、それを楽しんで学んでほしいですね。そのことによって、自分の未来が開けてくるのではないかと思います。

総合生命科学部 生命資源環境学科 本橋 健

プロフィール

博士(理学)。学部時代には工学部で化学を学んでいたが、大学3年生の時に受講した分子生物学の講義に大いに興味を持ち、大学院進学の際に、生物学の道へ。中学で吹奏楽部へ入り、大学でもオーケストラでホルンをやっていたほど音楽に熱中。現在、音楽は聴くだけになってしまったが、「いい音楽に出会った時の興奮と、新たな発見をした時の興奮は、通じる部分がある」と語る。埼玉県立浦和高校OB。

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