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毒素の攻撃の姿を捉えた—生命を理解するためにタンパク質の姿を明らかにする—
総合生命科学部 生命資源環境学科 津下 英明教授
生命を理解するためにタンパク質の姿を明らかにする
感染症の構造生物学[解説コラム参照]
生命現象の設計図ともいわれるDNA。2003年、ヒトにおけるその配列がすべて解読されました。しかしそれだけでは《生命を理解した》ことにはなりません。それによって作られる機械ともいうべきタンパク質の姿を明らかにし、時間軸の中でどのように機能しているかを知らなければならないのです。感染症を起こす細菌の分泌する毒素タンパク質などを結晶化し、X線で解析する(下コラム参照)ことで形を明らかにし、その働きを理解するとともに、創薬にも役立てる――そんな研究を通して、いつかは生命現象の源を解明したいという津下英明先生に、お話をお伺いしました。
世界で初めて、細菌ADPリボシル化毒素とヒトタンパク質アクチンの結合する姿を見た
2003年、われわれのグループは世界で初めて、コレラ毒素の仲間で腸管感染症を引き起こすウェルシュ菌が分泌するイオタ毒素の形を明らかにしました。それ以前には、米国スクリップス(Scripps)研究所のグループにより、非常によく似たVIP2というタンパク質毒素の構造が明らかにされていました。その後は、同様の形をしたいくつもの毒素の構造が世界中の多くの研究グループによって明らかにされてきました(図②)。
これらはみな、細菌ADPリボシル化毒素と呼ばれます。有名なコレラ毒素はADPリボシル基をヘテロメリックGタンパクに転移させ、下流の生体内シグナル伝達を狂わせます。イオタ毒素はアクチンに、ボツリヌス菌の分泌するC3毒素は低分子量GタンパクであるRhoAに、それぞれADPリボシル基を転移することで、重要な細胞骨格系に大きなダメージを与えます(図③)。前者は直接、Gアクチンに作用し、アクチン(どんな生物にも共通する極めて重要なタンパクで、筋肉や細胞の裏打ちをして細胞の形を作り上げている)がフィラメントを作れなくします。
次にわれわれは、毒素の作用機構( 作用する仕組み)を見るためにはヒトタンパク質との相互作用を見ることが必要と考え、イオタ毒素とアクチンの共結晶化に挑み、その構造を2008年に明らかにして権威のある学会誌( Proceeding National Academy Science誌)に発表しました。鍵となったのはβTADという化合物です(図④)。通常イオタ毒素は、多くの生き物に共通する補酵素NADを介してアクチンに結びつき、このNADの一部を旗として立てると離れていきますが、NADの代わりにβTADを介すると結合したたまま離れなくなるため、複合体の構造を見ることができました。これまで、同じグループの毒素でヒトタンパクとの複合体の構造が解明されたことはなく、査読者( 論文を審査する編集者)からは「マイルストーンとなる( 画期的な)研究である」と高く評価され、トピックスにも選ばれ「Toxin attack inview」( 毒素の攻撃の姿を捉えた!)と紹介されました。この形がわかったことでイオタ毒素とアクチンとの反応機構がわかり、さらに阻害剤設計の糸口も見えてきたのです。現在われわれは、さらにRhoAを修飾するC 3との複合体の結晶構造の解析も進めています。
タンパク質の形をX線で見る
タンパク質は数百のアミノ酸が結合して巻き戻り、立体構造をとったものですが、目で見るには小さく、通常の顕微鏡では見ることができません。そこで、これを見るのにX線結晶構造解析という手法を用います。
まず、狙ったタンパク質の遺伝子を大腸菌に組み込んで大量に発現させ、精製します。次にそれを結晶化します。この過程は最近でこそ、数ヶ月でできるようになりましたが、私が研究を始めた20年前には何年もかかる仕事でした。今でも1つのタンパク質の形を決めることは大変な作業であることに変わりありません。結晶ができると、それにX線を当てて強度データを取り、それを基に位相問題を解決するための計算を行い、得られた電子密度に従ってアミノ酸を置いていきます。こうすることで、目の前に誰も見たことのないタンパク質の立体構造が見えてきます(図①)。
トリインフルエンザの強毒化に備える
研究のもう一つの柱はインフルエンザAウイルスRNAポリメラーゼの構造研究です。RNAポリメラーゼとは、ウイルス自身の遺伝子を転写複製して自分のために必要なタンパク質を作り上げる要の酵素です。トリインフルエンザから強毒性のヒトインフルエンザ( 新型ウイルス)への変化には、その変異が関係していると考えられています。もしこの構造を解明し、その働きを抑制できればインフルエンザウイルスの増殖を止めることが可能です。
インフルエンザAウイルスRNAポリメラーゼが他の酵素と違うのは、単体ではなく、PB2、PB1、PAという3つのサブユニットの複合体からなっている点です。それぞれのDNAをプラスミドベクター※1にのせて大腸菌へ入れて発現しようとしても可溶したタンパク質をたくさん得るのは難しく、未だに構造が解明されていません。ただし、世界中の研究者が真剣に取組んでいて、近年は、つなぎ目など部分的には多くのことが解明されつつあります。
私たちは、PB2の627番目のアミノ酸が、鳥ではグルタミン酸なのに、人に感染する強毒株ではリジンになる(K627)ことに注目しました。そして、PB2の結晶構造解析の結果、強毒性の原因となる変異K627を含むPB2の後3分の1の構造を初めて明らかにしました。現在は、強毒性の原因をさらに探り、新たなインフルエンザ薬( RNAポリメラーゼ阻害剤)を作るために、PB2 全体やPB2、PB1、PAの3つの複合体の構造解析が、われわれのグループも含めて世界中で進められています。
他には、胃癌の原因細菌として知られるヘリコバクターピロリを調べています。ヘリコバクターピロリはいくつかの外分泌毒素を持っていますが、最近見つかったTNFα誘導タンパクは他に似たタンパクがなく、その構造情報は全く不明でした。われわれは、それが新規の2量体構造をとることと、毒性、すなわちTNFαを誘導するのに重要な働きをする構造とを明らかにしました。将来的には発癌を抑制できるのではないかと大いに期待しています。
※1 プラスミドは環状の小さなDNA、ベクターは運び屋という意味。
新たなタンパク質のデザインへ
タンパク質は構造的には単純なアミノ酸が結合した重合体と呼ばれるものですが、αへリックスやβシートのような特定の二次構造に折りたたまれ、さらに全体として折りたたまれた一定の三次構造をとります。これをフォールディングといいますが、それによって初めて、酵素などとしての特有の機能を発揮することができるようになります。
しかし、私たちは今もってアミノ酸配列から立体構造を予測することができません。ですから、われわれとしては、このことを頭に置きながら、新たなタンパク質のデザインをしていきたいと考えています。自然界がやってきたことを、少し意図的に作ってみようというのです。今やデザインして作ったものが現実にあるか否かを検証できる時代です。タンパク質を様々にデザインし、それをX線結晶構造解析で検証していけば新たな研究の地平が開けるにちがいないと確信しています。
感染症と構造生物学
魚の口の形を知ってこそ、よい釣り針ができる
感染症は、有史以前から近代までヒトの病気の大部分を占めてきましたから、医学の歴史は感染症との戦いの歴史ともいえます。フレミングが1929年にアオカビから発見した抗生物質ペニシリンが、第二次世界大戦中に多くの負傷兵や戦傷者を感染症から救った話はあまりにも有名です。しかし発展途上国では、今なおマラリア、エイズ、結核、腸管感染症などが大きな問題になっています。また先進国では新興感染症や再興感染症に加えて、昨今の多剤耐性菌の蔓延や、免疫抑制状態の患者や免疫力の弱い老人、子どもなどの間での日和見感染症も問題です。
感染症は細菌、真菌、ウイルス、寄生虫などにより惹ひき起こされますが、直接の病原因子は細菌が分泌する様々な毒素タンパクです。コレラはコレラ菌がヒトの腸管内で作り出す毒素が腸管に作用し、下痢や脱水症状などの特有の症状を引き起こします。
「感染症の構造生物学」とは、このような感染症を起こす生物起源のタンパク質の形、構造を明らかにして、その生物を理解するとともに、それを新たな治療薬や予防薬の創薬に役立てようとする研究です。
「魚の口の形を知ってこそ、よい釣り針ができる」、これは製薬会社で行われているStructure Based Drug Designの考え方を例えたものですが、阻害剤の設計には、まず相手のタンパク質の形を知ることが重要です。
アドバイス
まずは生命への興味を持つこと、そして本をたくさん読むことです。今後は英語の勉強も必須です。英語は今や世界中の人と意思疎通を図るための道具であるだけでなく、新しいことを知るためには専門の文献をたくさん読まなければなりませんが、その多くが英語で書かれているからです。もちろん大学のゼミへ入ってから特訓しても遅くはありませんが、高校時代からしっかり学んでおくのにこしたことはありません。また高校から大学1、2年の間に、音楽や読書に親しみ、旅行をするなど幅広い経験を積み基礎力、人間力をつけておくことが大切です。
研究者としては、まず「やりたいと思う」こと、そして「実行する」ことが大切です。本文で紹介したいくつかの成果も、この2つの力がなければ生まれることはなかったと思います。またコミュニケーション能力は研究者にとっても不可欠です。βTADを合成して持っていたNIHのマルケス博士に手紙を書いてそれを分けていただいたことが、イオタ毒素とアクチンの複合体構造を明らかにできたきっかけにもなったのです。
総合生命科学部 生命資源環境学科 津下 英明教授
- プロフィール
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子どものころから人間が作ったものではないものに興味があり、生命科学や天文学に惹かれました。大学の教養部時代(1、2年)にワトソンとクリックによって発見された遺伝子DNAの姿がいかに見つかったかについて書かれた『二重らせん』(講談社文庫、1986年:ジェームス・D・ワトソン( 著)、江上 不二夫・中村 桂子( 訳))に出会い生命科学へ進むことを決めました。生命科学の大発見の様子を記したこの本は、まさにX線結晶構造解析のすばらしさも紹介するものでしたが、これが私の一生の仕事になったのです。東京都立新宿高校OB。