存在を約束する言葉「トポロジー」—不可能を可能にするドーナツの輪—

理学部 数理科学科 牛瀧 文宏教授

不可能を可能にするドーナツの輪

 高度に抽象的な数学であるといわれ、遠い存在のように思える位相幾何学。しかし、実は私たちの身の回りにあふれている学問だったのです。どんなサンドウィッチでも公平に2分割することができるのか。電波が通じない場所で、最適な待ち合わせ場所とは。「存在」と「分類」を語る学問、トポロジー。その面白さと奥深さを、牛瀧文宏先生にお話しいただきました。

存在を証明する学問

 トポロジーとは、ものの形に関する学問です。取っ手付きのコーヒーカップとドーナツが「穴が1つ」という点で同じ形だという話は聞いたことがあるかもしれません。※1 今回はトポロジーが持つ「存在の証明」「分類」「不可能性」といった側面に注目しましょう。

 高校までの数学では、何らかの解を求めることがほとんどです。しかし、トポロジーの問題では具体的な解ではなく、解が存在するか、あるいは存在しないかを証明します。具体的な解を求められない問題や、そもそも解があるのかどうかがわからない問題で本領を発揮します。

 いくつか身近で面白い存在についての定理を見てみましょう。

 二枚のパンでハムを挟んだサンドウィッチを、それぞれのパンとハムが全て同じ体積になるように一刀で二等分することは可能でしょうか。実は、どのような形のパンとハムでも必ず可能であると証明されており、ハム−サンドウィッチの定理として知られています。しかしながら、この定理からは具体的にどのように切れば良いのかはわかりません。あくまで、全素材の体積を二等分する切り方が存在することだけを示しているのです。

 似たようなものに、Borsuk-Ulamの定理があります。球面から平面への写像に関係した定理で、この定理を用いると、地球上の対遮点(中心を通って対称な点)に気温と気圧が等しい点が必ず存在することがわかります。また、地球の表面上を吹く風を地球規模で観察すると、どこかに必ず渦が見つかることなども、トポロジーの定理から証明できます。トポロジーは、まさに存在を約束する言葉なのです。

※1 サイエンス&テクノロジーvol.1 想像力をかきたてる『不思議な幾何学』!! 福井和彦教授 参照

次元が変わると世界が変わる

 数学では、普段の生活からは想像もつかないような、3次元を超えるような世界も考える対象とします。そこには図形もあり、トポロジーではそういった図形の性質を調べたり、分類したりしています。もちろん、そういった図形を直接目で見ることはできませんが、数学のいろいろな手法を使うことで、そういった図形が「わかる」ということは、トポロジーの一つの面白さだと思います。

 また、次元が変わると図形の見方も変わります。たとえば、図1を見てください。Lの形をした図形と、それを鏡に映したような形の図形があります。これらの図形を平面上でいくら回転させても、重なることは絶対にありません。しかし、三次元上で回転させれば重なります。よってこの図形は合同であるといえます。このことを私たちが認識できるのは、図形を三次元的に捉えて裏返すという作業を頭の中で行えるからです。また、四次元の世界では、私たちの常識ではイメージすることが困難になってきます。

 たとえば、四次元の世界では、推理小説に出てくるような密室殺人は全く謎になりません。

 わかりやすいように、二次元の円で考えましょう。円の中にある点は、二次元的にどう動いても外に出ることはできません。ところが、三次元的に動けば、点は円の外側に出ることができます。(図2)三次元の球でも同様で、四次元の世界では球から抜け出すことができます。四次元で考えると、三次元の密室は密室でも何でもなくなってしまうのです。

数学的な「不可能」

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 たとえば、「解が存在するか?」という問いは 「この方程式が解けるか?」と言い換えられるように「存在」の問題は「可能・不可能」の問題と密接に関係します。そこで改めて、「不可能」という言葉の意味に注目してみましょう。私たちは日常生活で「不可能」という言葉をよく使います。たとえば「1.この宿題を明日までに終えるのは不可能」「2.高度な技術で『不可能』を『可能』にする」などです。これらは数学における「不可能」とは意味合いが全く違います。1は何人もの人に手伝ってもらえば可能ですし、2は数学ではありえません。数学では、どんな手段を用いても、未来永劫絶対にありえないものに対して「不可能」という言葉を使います。

 数学的な「不可能」の意味を具体的な問題で見てみましょう。

 5枚のテトロミノ(正方形を4つ並べて作ったブロック)があります(図3)。これを並べて、4×5の長方形を作ることはできるでしょうか。

 一見頑張ればできそうな気もしますが、なかなか上手くいきません。この長方形を作ることは「不可能」なのです。「不可能」であることは、全ての可能性を調べあげても検証できますが、それはなかなか大変です。実は上手いやり方があります。

 4×5の長方形の各マスを、隣り合うマスで色が異なるように白と黒に塗り分けます。5枚のテトロミノも、同様にして白と黒に塗ります(図4)。ここで、長方形の白と黒のマスの数を数えると、それぞれ10個。一方で5枚のテトロミノを重なりなく並べると白が9個、黒が11個、またはその逆で数が合わないので、絶対に長方形を作ることはできないのです。

 このブロックを並べる問題はトポロジーではありませんが、この解決手法はトポロジーの研究に通じるところがあります。それは問題を2値的な白と黒で捉え直した点です。同様にトポロジーの証明でも図形の性質を代数の問題に直して解決させることが多いのです。

身近なトポロジーの応用

写真

 携帯電話の電波が通じない地下ではぐれてしまった二人が合流しようするとき、もっとも効率のよい待ち合わせ場所はどこでしょうか。トポロジーの発想で考えると、壁際が正解だとわかります。二人とも壁際に立ち、一人が時計回り、もう一人が反時計回りに壁を伝っていけば、必ずどこかで二人は出会うことになるからです。これは、フロアを囲む壁には端がないという性質によるもので、フロアの形が四角形でも円形でも使えます。

 このように、身近に見られるトポロジー的な発想の一つに「端と端をつなげる」というものがあります。

 マグロは常に泳ぎ続けていなければ死んでしまうので、水族館で飼うには永久に細長く伸びる水槽が必要になります。もちろんそんな水槽は作れないので、トポロジーの発想で端をなくすことを考えます。すなわちドーナツ形の水槽を導入すれば、マグロはいつまでも泳ぎ続けることができるようになります。

 端をなくせば終わりがなくなるという発想はチェーンソーでも同様です。のこぎりには端があるから、一旦引いたら戻さないといけない。ところが、端をなくして歯を円形にすれば、いつまでも引き続けることができます。流しそうめん機や回転寿司、空港の手荷物用ベルトコンベアなども同じ発想に基づいています。

 身近にあるトポロジーのアイデアは、端をなくすだけではありません。私が若い頃、洗濯機の中でできる渦を解消するため、回転するドラムの中央に一本の棒を立てた商品が流行りました。ドラムに棒を立てるということは、水の塊に穴を空けることと同じです。水の塊がドーナツ状になることで、渦ができる場所がなくなるのです。

 私たちが取り組んでいる最先端のトポロジー研究は極めて抽象的で、何の役に立つのかはわかりません。しかし、トポロジー的な発想の転換は新しいアイデアにつながる可能性を秘めているかもしれないのです。

ドラゴン桜式数学力ドリル(講談社)

 先生はご専門の研究のかたわら、高校生のための数学問題集の作成にも尽力されている。

 監修した『ドラゴン桜式 数学力ドリル』は「高校数学の基本スキルを身につける最短ルート」として必要な問題を厳選し、短期間で高校数学の復習ができるように考えられている。

 先生によると「多くの参考書では、問題に入るまでの説明が長く、そこで挫折してしまう高校生も少なくないと思います。そこで、まず問題から入って、実感してから簡潔に説明する、という参考書を作りたいと考えました。大学に進むと、多くの分野で数学が必要になります。必要最低限の数学を身につけて、自分の専門分野で活用できるようになってもらいたい。特に、数学が好きではないという高校生や、数学の点数がなかなか伸びないという高校生に手にとってもらいたい本です」とのこと。

理学部 数理科学科 牛瀧 文宏教授

プロフィール

理学博士。専門は位相幾何学(変換群論、単純ホモトピー理論、Whitehead群)。ピアノを趣味としており、本当は作曲家になるのが夢だったが、ピアノの練習は何時間も続けられない。一方数学は何時間でもできたので、一人で自分に立ち向かう数学の道を選ぶ。その中でも、発想が生かせる新しい分野として位相幾何学を専門に選んだ。現在は変換群論を主に研究している。私立六甲高校OB。

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