コンピュータによる遺伝子解析でDNAの謎にせまる
—ダイズと根粒菌の「共生」の仕組みを明らかにする—

総合生命科学部 生命資源環境学科 金子 貴一准教授

ダイズと根粒菌の「共生」の仕組みを明らかにする

 ヒトゲノムの解読が最初に宣言されたのが2000年。その後もいろいろな動物や植物でゲノムの解析が進められ、そのため生物研究のスピードは早まりましたが、ゲノムDNAの全塩基配列が解読されたからといって「すべての生命現象」や「すべての遺伝子の働き」がわかったわけではありません。コンピュータによる遺伝子解析で、植物と微生物の共生関係に迫る金子貴一先生に、遺伝子解析の方法と根粒菌の共生※1についてお話しいただきました。

※1 根粒菌と共生することは、2万種あるといわれるマメ科植物の特徴。それぞれの根粒菌は、宿主になるパートナーが決まっていて、同じマメ科であってもパートナー以外の植物とは共生しない。

ダイズと根粒菌の共生関係をDNAレベルから研究する

 物を見る時、脳の中ではどのような情報処理が行われているのでしょうか。それを考えるために、錯視・錯覚を起こす図を用意しました。

  ダイズは、イネやトウモロコシなど他の穀類に比べて、やせた土地でもよく育つことが知られています。大気中の窒素(N2)を還元して窒素源(NH4+:有機化合物の材料)を生産する根粒菌を根に共生させることで、養分を効率よく取り入れているからです。植物はふつう、土にふくまれているNO3-やNH4+などを根からすいあげることでほとんどの窒素源を得ていますが、ダイズは窒素源の50 〜 80%を根粒菌との共生によって得ています。この仕組みは共生窒素固定と呼ばれています。一方、ダイズからは根粒菌にエネルギー源となる炭素源を渡していて、お互いに栄養源の受け渡しを行って、利益を得ています。※2

 私はこうした植物と微生物の共生を主な対象に、遺伝子やゲノムの研究をしています。ゲノムに含まれる膨大な量の情報を扱うわけですから、コンピュータは欠かすことができません。はじめに、コンピュータによるバクテリアゲノムの解析の流れをご紹介します。

※2  こうした共生関係を相利共生という。

根粒菌の遺伝子を解析する

1)DNAを読み取る

図1

 DNAの塩基配列を調べるには、まず細胞内にあるDNAを取り出します。1つの細胞に入っているDNAの長さはヒトでは合計約2メートル、その上に30億9300万の塩基が並んでいて、23000ほどの遺伝子があります。バクテリアでは最も大きいゲノムで塩基の並びは1000万程度、遺伝子の数は多くても1万ほどです。そのままのDNAを一度に解読することは困難ですから、調べやすくするために、細かくカットします。カットする長さは、調べる方法によっても変わりますが、目安として、一つのDNAの長さは数千塩基程度に設定します。

 ばらばらになった断片を、酵素を使って少しずつ長さが変わるように増やします。A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)の4つの塩基にそれぞれ蛍光色素で色をつけたDNAを、電気泳動という方法を使って長さの違いで選り分けた後、塩基に対応する色をレーザーで読み取ると、一つ一つの塩基配列が目に見えるようになります(図1)。この色情報をコンピュータで文字データに置き換えて、塩基の並びを読み取るのです。ただ、このままではばらばらの状態ですから、今度は元の1本のDNAに戻さなければなりません。そこで膨大な塩基配列のデータを数万、数十万レベルで解析して、コンピュータを使って重複する配列を調べていきます。そして重複する部分をつなぎあわせることで、DNA全体の塩基配列を明らかにしていくのです(図2)。※3

2)遺伝子の場所をつきとめる

 長いDNA全体の塩基配列が明らかになったら、遺伝子として働いている部分を探します。遺伝暗号といって、3つの塩基の並び(コドン)ごとにそれぞれ対応するアミノ酸の種類が決まっています。また、どのアミノ酸にも対応しないUAA(オーカー)、UAG(アンバー)、UGA(オパール)というコドンが存在していて、塩基の並びにこの3つのいずれかが出てくるとアミノ酸の合成が止まります。※4これらは終止コドンと呼ばれ、遺伝子が続いているところで現れればそこで遺伝子は「終わり」ですし、これが頻繁に出てくるような塩基の並びは遺伝子とは考えにくいといえます。同じように「始まり」の暗号も決まっていて、95%くらいはAUGが遺伝子の翻訳を開始するコドンになっています。ただしAUGはメチオニンというアミノ酸に対応するコドンですから、アミノ酸配列の中にも存在するので、遺伝子の「始まり」の位置を正確に見つけることはコンピュータによる作業だけでは難しいと考えられています。

 バクテリアの場合、こうした一定の法則性をもとに、コンピュータ上で処理をして遺伝子の存在する場所をつきとめます。また、ある生物で明らかになった遺伝子を他の生物に当てはめて似たような働きをしている遺伝子を探す方法や、ある遺伝子によく現れる塩基の組み合わせがあらかじめわかっている場合には、そのパターンと似ている部分を探すことで、未知の遺伝子を見つけ出す方法もあります。このような方法をいくつか組み合わせるなどして、長いゲノムDNAの塩基の並びの中から遺伝子の場所を見つけ出すのです。

3)比較して遺伝子の働きを予想する

 最終段階では、国際データベースにアクセスして他の生物の遺伝子と比較することで、解析で見つけた特定の遺伝子が具体的にどういう働きをしていそうか、どういう意味を持って存在しているのかを調べます。このような比較調査では、特定の遺伝子をデータベースに入っている情報と照らし合わせ、似たものを探し出してくれます。探し出された遺伝子の働きさえ明らかになっていれば、似ているという事実をもとにして問い合わせた遺伝子の働きなどを推測できるわけです。

※3 根粒菌のDNAをつなぎあわせていくと輪になる。バクテリアの多くはゲノムDNAが環状だが、真核生物の場合は線状で、輪になっているものはほとんどいない。

※4 実際にアミノ酸の配列への変換は、ゲノムDNAからメッセンジャーRNA(mRNA)にコピーされた後に行われる。mRNAではT(チミン)にかわって構造が異なるU(ウラシル)という塩基が使われる。

光合成によるエネルギーで効率よく窒素源を作りだす根粒菌に学ぶ

 現在、窒素肥料は石油や石炭、天然ガスなどのエネルギーを使った高熱、高圧力のもとで化学合成されています。一方、根粒共生では、植物が光合成で得た炭素源をエネルギーにして、酵素反応で植物の窒素源を作り出すわけですから、作られたものは、いわば「エコ肥料」です。

 サトウキビには根粒共生とは違った形ですが、体内にバクテリアを蓄え、生育を一部支えられる程度の量の窒素源を作り出す仕組みがあることがわかっています。また、イネの体内にいる微生物も、根粒菌などに比べると効率はだいぶ悪いものですが、窒素源を作ることも、最近わかってきました。植物と微生物の「共生」関係は、働きのわからないものも含めて、そこら中に存在しているのです。

 私たちの研究グループが、ダイズ根粒菌とミヤコグサ根粒菌のゲノム解読を行ったところ、いずれの根粒菌にも、ゲノムのある一部分に共生窒素固定に関わる遺伝子が集まっていることがわかりました。コンピュータでその部分の特徴を調べると、どうもその部分は別のバクテリアから取り込まれたDNAではないかと予想できました。バクテリアがDNAを取り込むことは珍しいことではありません。根粒菌の特徴を決めている遺伝子も、もともと菌が持っていたDNAから変化したのではなく、別のバクテリアから取り込まれたようなのです。つまり、根粒菌はDNAを取り込んだことで、共生窒素固定の能力を発揮しているということです。

 取り込まれたDNAが根粒菌の能力に影響しているので、今後は、DNAの組み合わせについて調査を進め、どういう組み合わせが共生に都合がよく、窒素源を効率よく作れるのかなどを調べていくつもりです。天然のエコ肥料を生みだす根粒菌の共生の仕組みがわかれば、マメ科以外の植物についても、共生している微生物に同じような機能を持たせるような応用研究につながるかもしれません。

共生によってライフスタイルを変える根粒菌

 根粒菌は植物と共生しない場合は、土の中で単独で生きています。ただ、代謝をかなりしぼりますし、増殖することや土の中から栄養源を得るといった生活に必要な働きをしないなど、まったくといっていいほど違う生き方をしています。ミヤコグサ根粒菌では、単独で生きている時と共生時のDNAからRNAへの転写の状況を比べると、転写される部分が大きく違っていることがわかりました。共生状態では、共生窒素固定の遺伝子がある付近での転写の量が増えていますが、他のほとんどの部分では転写された量が減っていて、働きがにぶくなっているか、やめるところが多くなっていたのです。環境が変化するとRNAへの転写をやめたり、ある遺伝子が急に働き始めたりするなど、生物にはDNAのどこをRNAに転写するかをコントロールする仕組みがあることはわかっていますが、根粒菌の場合は共生するかしないかによって大掛かりなレベルで転写される場所が違っていたのです。

アドバイス

 ゲノム研究は、生物が好きな人にとってはそのしくみを知ることができる興味深い分野です。膨大なデータを扱うので、情報を扱うのが好きな人には特に向いています。未知の部分もたくさんありますから、謎を解きたい人、好奇心が旺盛な人にも来てほしいと思います。

総合生命科学部 生命資源環境学科 金子 貴一准教授

プロフィール

博士(理学)。専門はゲノム構造学。大学院生の時に、当時は技術的に困難だったゲノム解析にチャレンジしたいと思ったのがきっかけ。最初にゲノム研究を始めた生物は、葉緑体の起源生物ともいわれ、「植物とよく似た酸素発生型の光合成」を特徴とするラン藻(シアノバクテリア)。10年ほど前から、共生の仕組みの複雑さに魅せられて根粒菌をターゲットにするようになった。千葉県立薬園台高校OB。

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