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天文学の新たな目イマージョン・グレーティング
—分光器の小型化が実現する「第2の地球」探し—
理学部 物理科学科 池田 優二准教授
分光器の小型化が実現する「第2の地球」探し
観測装置の高性能化により天文学は飛躍的な進化を遂げています。X線や電波、赤外線など全波長域に渡る観測手法の確立や宇宙望遠鏡の登場などにより、太陽系外惑星の発見やダークエネルギーの存在の示唆、γ線バーストの正体の解明など、新たな発見が次々となされました。今や天文学にとって観測装置は、研究の成果をも左右する重要な要素です。ところが最先端の観測装置はどこかで売っているわけではなく、開発自体も天文学者が実施しなければならず、それ故研究分野の一つとして位置付けられています。イマージョン・グレーティングを使った分光器の開発に取り組んでいる池田優二先生に新しい装置の必要性と期待される新発見についてお話しいただきました。
あらゆる光を手がかりに
みなさんは「天体観測」というとどのようなイメージを持っていますか? 「望遠鏡を覗いて遠くの宇宙を見る」というのが一般的なイメージではないでしょうか。このイメージは広い意味では当たっていますが、私たちが「見る」のは目に見える光ばかりではありません。目では見ることができない光も宇宙の姿を教えてくれる貴重な観測対象なのです
光は、正確には「電磁波」と呼ばれ、波長によって性質が異なります。波長の短い方から順に大雑把には「γ線」「X線」「紫外線」「可視光線」「赤外線」「電波」とに分けられます。このように、目で見える光(可視光線)は電磁波のほんの一部にしか過ぎません。
光を分ける仕組み――分光器
望遠鏡に入ってきた電磁波を波長ごとに分ける装置が「分光器」です。現代の天文学にとっては、観測成果を大きく左右する重要な装置です。
電磁波を波長ごとに分ける仕組みは、高校物理で習う回折格子と同じです。回折格子は基板上に平行な溝がミクロンオーダーで周期的に刻まれている光学素子です。各溝を反射した(透過した)電磁波は、微小な波の集まりと見ることができますが、それらはお互い重なりあって干渉を起こします。この時、光路差が波長の整数倍に一致する条件を満たす方向の電磁波は互いに強めあうことができるので、電磁波はその方向のみに伝播することができます。伝播方向は波長によって異なるので、結果的に光を色毎に分ける(=分光する)ことができるというのが回折格子の原理です。なお、光路差は最短でも1倍の波長よりも長くなければならないので、赤外線などの長い波長を分光するためには、それに応じたより長い間隔の溝が必要になるということも分かります。(図1)
次世代の天体望遠鏡の口径は30m級で、現在主流の口径(8m 〜 10m)から飛躍的に大型化します。大型化した分、そこで集めた電磁波を逃さずに分光するためには、分光器も相応に大きくする必要があり、これまで開発上のハードルとなっていました。
また、よりクリアに天体を見ることができる望遠鏡として、宇宙望遠鏡が開発されてきました。可視光以外の電磁波の多くは大気で吸収され、地上からの観測は困難です。地上から見た天体は、本来点源である星が☆というマークで表されるように、大気の影響でまたたいて見えています。ハッブル宇宙望遠鏡を始めとする宇宙望遠鏡は、大気という曇りガラスから解放された望遠鏡として、次々と新しい発見を成し遂げています。そうした望遠鏡に大型の分光器を取り付けて新しい発見を目指すことは天文学者なら誰もが考えることですが、宇宙望遠鏡は、地上からロケットなどで運び上げる必要があり、ロケットの輸送能力との兼ね合いから、分光器の大きさも制限されてしまいます。
イマージョン・グレーティング
分光器の性能を変えることなく小型化が実現できれば、前述の問題点はすべて解決されます。その技術が「イマージョン・グレーティング」と呼ばれるものです。
これは、回折格子に高い屈折率を持つ光学材料を用いることで電磁波の波長そのものを短く変えてしまう、という技術です。基本アイデア自体は回折格子を開発したドイツの物理学者・フラウンホーファー (Joseph von Fraunhofer,1787-1826)まで遡るともいわれていますが、高い屈折率を持ちつつ電磁波を通す光学材料を精製する技術や、それを活かすナノ単位の細かい溝を正確に加工する技術が近年ようやく確立し、日の目を見たのです。
電磁波が高い屈折率を持った物質を通り抜けると、屈折率の分だけ波長が短くなります。波長が短くなると、回折格子に狭い範囲に溝をたくさん並べることができ、小さな分光器でも多くの電磁波を分光する能力が実現できるのです。(図2)
高い屈折率を持つ光学材料として、シリコン(屈折率3.4)やゲルマニウム(4.0)、ガリウムヒ素(3.4)などが用いられています。これらの物質はもともと半導体の材料として見出され、精製方法などの研究が重ねられてきました。
波長が屈折率の分だけ短くなると、分光器全体では、縦×横×高さがそれぞれ小さくできるため、質量にして屈折率の3乗の小型化が可能になります。たとえば、ゲルマニウムでは4.03で64分の1もの小型化が実現されます。
私たちが開発したイマージョン・グレーティングはアメリカが中心となって進めている30m望遠鏡(TMT計画=Thirty Meter Telescope計画)や、日本の次世代宇宙望遠鏡(SPICA)への搭載が高い確度で検討されています。特にSPICAは波長の長い赤外線観測が主な目的のため、私たちの装置が活躍してくれることと思います。
期待される新発見
イマージョン・グレーティングによって、観測精度は大幅に高まりますが、それにより、どのような発見が期待されているのかを紹介しましょう。
まず、「第2の地球」の発見が期待されます。惑星は自分自身で光を発しない「暗い星」です。そのため、ある恒星に惑星があるかどうかは、恒星のスペクトルの時間変動によって見分けます。恒星の周囲に惑星が回っていると、その影響で恒星が少しだけ振られます。恒星が振れることで、恒星から発せられた電磁波がドップラー効果を見せ、わずかながら波長が変わるのです。振動幅は、太陽と地球の場合で1秒あたり数十cm程度と微小です。従来の精度では、木星ぐらいの大きな惑星(数十m/秒ほど振動する)し か見つけられませんでした。木星のような大きな惑星はガスでできていて、生物が住むのは難しいでしょう。地球のように小さくて岩石でできた惑星を見つけられれば、そのなかに第2の地球が見つかるかもしれません。
次に、地球外生命の痕跡を見つけることが期待されます。生命活動に由来する分子(バイオマーカー)の存在は、赤外線によって捉えることができます。惑星や惑星のもととなる星間塵やガスから発せられる非常に微弱な電磁波であるため、従来の口径の望遠鏡に取り付けられた観測装置では観測が困難でした。バイオマーカーが発見されれば、地球外生命の有力な手がかりを捉えたことになります。
他に解明が期待されていることとして、自然界には100近くの元素が存在し私たちの世界を形づくっていますが、それらがどういった過程を経て、形作られてきたかということです。遠くの宇宙を観測することは「過去を見る」ということになります。さまざまな距離での天体とそのスペクトルに刻まれている元素の痕跡(吸収線といいます)を調べることによって、宇宙における元素合成の年表を作成することができます。さらには、鉄などのある特定の吸収線の波長をさまざまな時代の天体に対してより精密に調べ、その変化を追うことで、我々が知っている物理法則が宇宙誕生からずっと同じものだったのかということまで確かめることができます。少しトリビアルな話に聞こえるかもしれませんが、一部の天文学者と物理学者は真面目に議論しており、もしそうした痕跡が見つかれば、これは物理学の根幹を揺るがすような大発見になるでしょう。
ここで紹介したものはほんの一部にしか過ぎず、これら以外にもイマージョン・グレーティングには多くの新発見が期待されています。次世代望遠鏡を使って初めて明かされる、今まで見えなかった宇宙の姿はいったいどのようなものかとても楽しみです。
私立大学最大の1.3m望遠鏡を持つ天文台が始動
創立50周年(2015年)に向けたグランドデザインの一環として、2009年12月に「京都産業大学神山天文台(=神山天文台)」が完成しました。本年4月より本格稼動しています。
私立大学では国内最大(2010年3月現在)となる「荒木望遠鏡」(口径1.3mの反射式望遠鏡)と様々な観測装置、各種の実験・開発機器を設置。神山天文台の施設・設備を学内外の研究者や学生による第一線の研究・教育の場として提供し、広く地域の方にも開放しています。
アメリカの6.5m宇宙望遠鏡に立ち向かう日本の3m宇宙望遠鏡
次世代宇宙望遠鏡の分野では、世界各国が最先端技術を競い合っています。ハッブル宇宙望遠鏡で世界をリードしてきたアメリカはハッブルの後継機として「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」を2013年に打ち上げる予定。
対する日本は「SPICA」を2015年以降に打ち上げる予定となっています。ともに第2ラグランジュ点(地球と月の重力が均衡している点)に置かれます。望遠鏡の基本的な性能を決める口径ではジェイムズ・ウェッブが6.5m、SPICAが3mと分が悪いのですが、SPICAにはイマージョン・グレーティングが搭載され、分解能ではジェイムズ・ウェッブ望遠鏡に搭載される分光器を上回ります。また、赤外線の観測においてノイズとなる熱を取り除くため、6K(約-267℃)まで冷却する機能も備えられています。大きさを性能でカバーする――カミオカンデ※を彷彿とさせる話です。
※高い観測精度により世界に先んじて超新星からのニュートリノを観測した日本の装置。開発当初はアメリカの装置に大きさで負けていた。この業績により小柴昌俊先生がノーベル賞を受賞。
理学部 物理科学科 池田 優二准教授
- プロフィール
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博士(理学)。専門は実験宇宙物理学。観測という立場から、観測装置の開発などを通して天文学の研究を支える観測的天文学者。宇宙物理学の中でも特に共生星をはじめとする連星系の進化を興味の中心とする。連星とは、太陽のような単独で存在する恒星(単独星)と異なり、2つ以上の恒星がお互いの周りを回っている天体のことで、共生星はその中の一群である。幼少の頃から天体に興味があり、図工の時間に木星や土星の絵を描いたことも。「宇宙の地図」を作りたいとの思いから天文学を志す。新設の神山天文台について「天体観測をしたいという人はたくさんいますが、その観測天文学を支える装置を作る人は明らかに足りない。この分野の人材を育てる拠点にしたい」と話す。福岡県立東筑高校OB。