肥満?生活習慣、遺伝?—糖尿病を遺伝子から解明する—

工学部 松本 耕三 教授

糖尿病を遺伝子から解明する

 2008年4月から義務化されたメタボ(内臓脂肪)検診。そのメタボが原因で引き起こされる代表的な疾病の一つが糖尿病です。太らないために、食事や生活習慣を改善し予防を心掛けることと、早期発見が欠かせませんが、根本的な治療へ向けた原因究明も急務です。モデル動物を使って原因遺伝子を探る松本耕三先生に最新の成果をお話しいただきました。

ここ数十年で急増!糖尿病はなぜ急増したのか?

 甘い清涼飲料水に、ジューシーなハンバーガー、油で揚げたジャガイモのスライス、実においしそうな取り合わせですが、危険もいっぱいです。それは肥満。中でもメタボ(内臓脂肪)に象徴される腹腔脂肪※1によるものは、糖尿病※2の大きな要因となります。

 日本の場合、1995年に181万人だった糖尿病患者は、2002年時点で326万人と、わずか7年で実に2倍に増加していて、その数は今でも毎年増大するなど、糖尿病はここ20年で急速に増大した疾患の一つとされています※3

 実は時を同じくして肥満が急速に蔓延しだしていますから、疫学的に云うと、肥満の増大がその原因であると云えます。

 肥満の増大の原因には、高度成長期とともに急増した欧米型の食生活と科学技術の発達による便利で体をあまり使わなくてすむ生活習慣が大きく関与しています。長年、野菜中心の食生活を営んできた日本人や東アジアの人々は、エネルギーが余ればそれを効率よく脂肪で蓄えるといったように、元々少ないエネルギーを効率よく使うような体質になっていると思われます。これは食料が不足気味の時代にはとても良いシステムでしたが、飽食の時代といわれる現在では、食べた大半のものが脂肪となって蓄えられるためかえって逆効果です。それでもまだ体をよく動かしていれば何とかなりますが、その最後の望みも交通機関の発達と、コンピュータネットワークの普及で、働く人の多くにとっては動く必要性が極端に減ってしまいました。

 リッチな食生活と動くのが極端に少ない生活。肥満の増大は必然的な結果といえばそれまでですが、問題は肥満になると極端に糖尿病になりやすくなるという点です。

※1 横隔膜や腸管、精巣につく脂肪も含む。皮下脂肪とは違う。

※2 糖尿病には子供に散発性に発症する1型糖尿病と生活習慣病による2型糖尿病がある。ここでは2型糖尿病について述べている。

※3 実際に通院している患者ではなく、糖尿病を疑われる人については1999年調査で680万人、予備軍を入れると1,320万人と予想され、2006年に至っては糖尿病を強く疑われる人820万人、予備軍を入れると1,870万人と予想されています。

治療と予防に向けて、原因となる遺伝子を探る

 もっとも、肥満は糖尿病を誘発しますが、肥満の人全てが糖尿病になるわけではありません。ただ、そのようなラッキーな人は少数派であることは確かです。西洋では糖尿病患者の8割近くが、わが国でも6割程度は肥満が原因ではないかと思われます。肥満になると糖尿病になりやすい人と、なりにくい人がいることも確かです。実際、糖尿病は家族性の強い病気で、家系に糖尿病患者がいると発症率が高まります。即ち、肥満プラス、何か遺伝的な素因も関与していることが分かります。そこでもし、糖尿病の原因遺伝子を遺伝学的手法で決定できれば、糖尿病の予防と治療に役立つはずです。ところが糖尿病では、こうした遺伝学的原因の解明が難しいとされています。それは糖尿病が単一の遺伝子ではなく、環境と複数の遺伝的要因によって引き起こされるからで、このような多因子遺伝性疾患は単一遺伝子による遺伝性疾患とは比べ物にならないほど解析が複雑です※4

 確かに最近では、人の糖尿病原因遺伝子を、糖尿病患者群と非患者群とに分けて、大量の遺伝子マーカー※5を駆使して、糖尿病患者に特有の遺伝子を統計学的に探索する方法が可能で、いくつかの糖尿病遺伝子が世界中から報告されています。しかしこの方法は膨大な解析を必要とするため小規模の研究室ではできません。また、遺伝解析のように連鎖を見ているものではありませんから別の検証も必要となります。また、人種差も大きいようです。

※4 複数の遺伝子支配を受ける血糖値や血圧の遺伝解析を行うと連続的な値を取り、質的形質を取り扱うメンデル遺伝のようにどちらかへ分離しない。そのことから血糖値のようなものを量的形質と呼ぶ。

※5 ある性質を持つ個体特有の遺伝子配列。

お助けラットOLETF

  こうした状況の中で、私は現在、肥満が糖尿病を発症させる分子機構、肥満に伴って血糖値を上げる体内機構の遺伝学的な解明のために、疾患モデル動物を使用した遺伝子の解析を行っています。

 モデル動物であるためには、ヒトと同様の病気を発症していること、即ちいくつかのヒトと共通する症状を示していることがとても大切ですが、糖尿病の遺伝子解析にあたっては、たいへん貴重なモデル動物がいます。ある製薬会社が作ったOLETFというラットです。通常、哺乳類では兄妹交配を続けると劣性致死遺伝子が蓄積して数代で絶えてしまいますが、多くのラットはなぜか何世代でも兄妹交配が可能です。この性質を使って血糖値の高めの兄妹ラットばかりを20世代以上も交配して、血糖値が高く、しかも同時に遺伝的背景が均一になるようにしたのがOLETFラットです※6。このラットは肥満性傾向を持ち、およそ600gを超えたあたりから多くの個体が糖尿病を発症します(通常のラット体重は400 gから500 g)。ところがよく運動させるなどして、体重を600g以下にコントロールすると血糖値は下がりはじめ、糖尿病が治ってきます。あたかも、ヒトの肥満性糖尿病と同じような変化を示すわけです。面白いことに、このラットと遺伝的によく似ているLETOというラットは、いくら太らせても糖尿病にはなりません。このことは肥満に伴い糖尿病を発症するのには、遺伝的因子が大きく関係していることを物語っています。

  私たちの最初の成果は、このOLETFを使い量的遺伝子座解析という手法で、糖尿病発症に関連する原因遺伝子座が、8本の染色体の中に11か所あることを同定(マッピング)したことです。これは多因子遺伝解析の草分け的研究と評価されています。次に行ったのは、それらの遺伝子座一つずつがどう糖尿病発症に寄与するのか、どう肥満に絡むのかを解析することでした。最終的には、それらが人間のどの遺伝子座に対応するのかを調べたいわけです。そのためには、まずコンジェニックラットを作るという膨大な作業が必要となります。

※6 こうしてできた一系統を近交系という。

注目すべき遺伝子座を発見

  コンジェニックラットとは正常な遺伝的背景(バックグランド)を持つラットの中に、病気を起こす遺伝子座が一つだけ入った状態をいいます。このケースでは、OLETFと普通のスリムなラット(Fisher344)を交配して(バッククロスという手法で行う)、第22世代(F1)の中から遺伝子マーカーセレクション法で求めるオスを選び、そのオスを再度Fisher344へ交配するといった具合に、同様の手順を5世代程度繰り返します。そして、最終的にはFisher344のバックグランドにOLETFの糖尿病原因遺伝子座が一つだけ入った系統を作出します。通常法ですと10世代、5年ぐらいかかりますが、この遺伝子マーカーセレクション法を使うことで2〜3年で行えるようになりました。それでも11の遺伝子座を単独に持たせるためには11の新たな系統を作らなければなりませんから、費用も時間も相当かかります。

図1
図1

 コンジェニックができ上がったところで、今度はそれぞれの系統ごとに、肥満による血糖値の上昇を調べました。その結果、11の遺伝子座がすべて入っている場合ほどではないものの、半数以上の遺伝子座で、概ね10%程度の血糖値の上昇を示しました。ただ、スリムなFisher344のバックグランドでは折角のOLETFの糖尿病遺伝子も活躍しにくいのかもしれません。

 そこで、やはり同じスリムなFisher344のバックグランドに肥満遺伝子を上記と同じようにして導入しました。肥満Fisherラットの登場です。次に、肥満Fisher344ラットと個々の糖尿病遺伝子を持つコンジェニックを交配して、肥満と糖尿病遺伝子座の両方を持ったダブルコンジェニックラットを作ります。そして11のラインそれぞれについて、肥満の下でそれぞれの遺伝子座が血糖値の上昇にどう影響するのかを調べるのです。

 現在のところ、まだ二つの遺伝子座しか確認できていませんが、そのうちの第14染色体上にあるNidd 2遺伝子座が、肥満に伴い血糖値を著しく上昇させることを私たちは突き止めました(図1)。その領域は、人間では第4染色体の長腕セントロメア側に相当するところで、糖尿病原因遺伝子座やインスリンに関連する遺伝子座がマッピングされています(図2)。現在私たちは、この領域内に肥満に伴い糖尿病を発症させる遺伝子がある可能性はきわめて高いと考えています。

 この遺伝子座の中からいかに原因遺伝子を取り出すかが次の課題ですが、的確な予防と根本治療への第一歩となる糖尿病遺伝子の解明へ、着実に前進しているのは間違いありません。

肥満と糖尿病との関連

 肥満という現象は脂肪が異常に蓄積していくことですが、それは脂肪細胞が肥大していくこととある意味で同じです。糖尿病は文字通り尿に糖が出てくる病気ですが、それは血液中に異常な量の糖があるためです。即ち糖尿病の本態は高血糖にあります。高血糖になるのは、血糖を下げる唯一の物質、インスリンの働きに異常が生じ、細胞が血中の糖を正常に取り込めなくなるためです。肥満になるとこのインスリンの効きが悪くなります。効きが悪くなると、すい臓のランゲルハンス島にあるβ細胞はさらにインスリンを出すようになり、結果として高インスリン血漿となります。いわゆるインスリン抵抗性と云われている状態で、その分子的機構は複雑で単一ではないようです。一方、正常な脂肪細胞は体を正常に保つための一種のホルモン、サイトカインの中でも、アディポネクチンなどに代表される良いサイトカインを分泌しています。ところが脂肪細胞が肥満してしまうと良いサイトカインの分泌が減少し、替わりにインスリンの効きを更に悪くするようなサイトカインが分泌されるようになり、悪循環に陥ってしまいます。

工学部 松本 耕三教授

プロフィール

「好きなことさえ見つかればそれまであまりしなかったとしても、そこから本格的な勉強がスタートできるはず」と、大切なことは好きなことを見つけることが信条の松本先生。高校時代の生物は退屈できらいだったとのこと。大学で生化学というものを知って俄然生物に興味をもち、それも動物での研究ということで獣医学部へ。「生命の研究には、動物から細菌、ウィルスに至る幅広い知識が欠かせません。しかも学部の勉強は大学院へ進学するにしても基礎としてたいへん重要。工学部から改組される新学部ではそのあたりも踏まえて体系立てて生命科学の面白さを伝えていきたい。

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