テレビはまだまだ進化する —「有機EL」から見えてくる次世代ディスプレイのビジョン—

コンピュータ理工学部 コンピュータサイエンス学科 坪井 泰住教授

「有機EL」から見えてくる次世代ディスプレイのビジョン

 いまや現代生活になくてはならない存在となっているテレビ。その歴史はまだ新しく、日本で本放送が始まったのは1953年のことです。しかし、その後の進化はめざましく、厚くて重いブラウン管から、半世紀の間に薄くて大きな画面の液晶やプラズマが主流の時代に。そして今、新たに次世代テレビとして熱い注目を浴びるのが坪井泰住先生の研究開発テーマでもある「有機ELテレビ」です。特徴は、薄くて軽いディスプレイ。ゆくゆくは紙のように丸めたり曲げたりすることもできるというその技術と驚くべき先進性についてお話しいただきました。

今までになかった凄いテレビの登場!

 昔に比べて薄く軽くなったとはいえ、市販されている薄型テレビは厚さにして12 〜 13センチ、重さも20 〜 30キロあり、気軽に持ち運べるほどではありません。メーカー各社は紙のように薄く、誰もが手軽に持ち運べ、いつでもどこでもキレイに見られるディスプレイの開発を目指してきました。それを一気に可能にしたのが「有機EL」の技術。「有機」は有機半導体、そしてELはElectro Luminescence(エレクトロ・ルミネッセンス)の略で、電圧をかけると発光する現象のことです。

 液晶やプラズマテレビでは、画面サイズが大きくなると重さも消費電力も大きくなってしまうのに対して、有機ELテレビでは、消費電力がはるかに小さく1センチ以下の画期的な薄さと軽さに加えて、丸めることも可能な柔軟性まで実現できるのです。

キーワードは「光る素材」

 ELが起る原理を図1で示します。有機半導体に電圧をかけると、陰極と陽極からそれぞれマイナスの電荷を持つ「電子」とプラスの電荷を持つ「ホール(正孔)」(電子の抜け穴)が有機半導体内に注入されます。両者がぶつかり、結合することで有機分子は「励起状態」と呼ばれる高いエネルギー状態になります。しかし、物質はエネルギーの低い安定状態(=基底状態といいます)を好むため、すぐに基底状態に戻ります。その時に、持っていた励起エネルギーが光に変わるのです。光る色はそのエネルギーの大小により決まります。青色発光する素子と緑色発光素子と赤色発光素子を一組にして、それをたくさん並べたのがカラーテレビです。

図1
図2

 図1のものでは電子とホールが衝突せずに素通りし、衝突する確率が小さいので強く光らず、また光らせるには高い電圧が必要になります。実際の有機EL素子の構造は図2のようになっています。発光層をまんなかに挟んだ5層の有機物の薄い膜を基板上に重ねます。基板を除いた素子の厚さは1ミクロン以下の超薄 型です。電極からの電荷を入りやすくする注入層、それを発光層にスムーズに運ぶ輸送層に分かれています。電圧をかけると、ホールと電子は、それぞれこれらの層を通過して発光層に到達し再結合し、先ほど説明した仕組みで光ります。陰極からの電子がホール輸送層に入らない材料をホール輸送層に用い、ホールが電子輸送層に入らない材料を電子輸送層に用います。電子とホールが効率よく衝突するように、このような工夫がなされています。

 陽極側を透明電極にしておけば、発光層からの光を観察することができるのです。基板を薄いプラスチックにすると、軽くて曲げられるディスプレイになります。

 当然、薄膜素材には、よく光りよく電気を通すというふたつの性質を兼ね備えた電導性発光材料を使わなければいけません。しかし、もともと有機物は絶縁テープのように電気を通さない絶縁体と思われてきました。今から約20年前、有機ELをデバイスにする技術開発のきっかけとなったのは、このような特徴を持つ有機半導体が見つかったためです。しかし、市販テレビへのメドがたったのは、最近になってからのことなのです。

欠点をクリアすれば活躍の幅も広がる

 最初はケータイやオーディオなどでの小さな画面で実用化されましたが、ついに2007年12月、世界で初めて日本のメーカーが有機ELテレビの製品化にこぎつけました。画面はまだ11型と小さいですが、記念すべき一歩であることは間違いなく、ここから先の進化は、きっとめまぐるしいものになるでしょう。

 テレビへの実用化に時間がかかったのは、有機ELは発光ダイオードで使われる無機半導体のように結晶ではなく、不規則に並んだ個々の分子を発光させる仕組みのため、空気中の水分や酸素などの混入により材料の劣化が激しいからです。それに、画面は大きくなるほど素子数が増え、素子のひとつでも劣化させず性能を安定させるのが困難になります。製品にするためには、耐久性をいかに持たせるかが鍵でした。テレビなら最低でも5万時間の稼働に耐えられることが絶対条件です。

 そこで長もちさせるためにはどんな分子構造が必要かを研究する一方、小さい電圧で明るく光る素材を求めて、化学を専門にする研究者と協力して新たな有機物を設計し、試行錯誤しながら材料開発を続けています。

有機ELが広げる次代への夢

 私が現在最も力を入れているのはテレビですが、同じ構造を応用すれば画期的な照明器具もできます。白色発光有機EL素子を用いれば、省スペースで陰もできず、しかもどんな形にもでき、紙のような薄くて軽い平面型の照明ができます。省電力で熱を出さない冷光であるなど、これまでの照明の概念を覆すものになります。この次世代照明にも本学は取り組んでいます。

 また、電気エネルギーを光に換えるという有機EL素子の性質を逆に利用すると、光から電気を作り出す有機太陽電池も考えられます。有機材料の研究と技術開発がさらに進めば、従来の無機半導体がするいろいろな機能を有機半導体でさせることも可能になります。

 現在大部分の工業製品は無機材料からできています。生産段階でも使用段階でも多量のエネルギーを必要とし、環境に大きな負担をかけています。これに対し、有機材料はいずれの段階でもエネルギーやコストが大幅に抑えられる環境にやさしい素材です。エネルギー問題を避けては通れない現代、まさに有機エレクトロニクスは待望の技術です。有機材料を利用した高機能の製品がどんどん登場する時代が早く訪れることが、私たち物質の性質を調べ新しい素材を作り出す研究者の願いです。

なぜコンピュータ理工学部がテレビなの?

 コンピュータといえばすぐにソフトやハードを連想されると思うのですが、表示画面となるディスプレイも重要なパーツです。データや計算結果を画像としていかに美しく付加価値の高いものとして映すか、コンピュータにとってディスプレイはなくてはならない機能なのです。また、省エネのために、コンピュータ内の集積回路の部品材料を現在の無機物シリコン系から、有機半導体材料に置き換える必要があります。これが、私の研究室がコンピュータ理工学部にあるゆえんです。

アドバイス

疑問の数が増えるほど世の中は面白い

 高校時代に物理や数学を勉強しておくのはもちろん必要ですが、まず大切な心構えとしては、物事を注意深く見て興味を持つことだと思います。「なぜ?」「どうして?」「どうなってるの?」という疑問を持てば、今の世の中、それを解決する方法はいくらでもあります。ひとつを調べれば、きっとまた次の疑問が生まれて来るはずです。そして物事の仕組みがわかれば、どんどん面白くなっていきます。要は不思議だな、面白いなと感じる心。好奇心を持って物事を見つめ、疑問を疑問のまま置いておかないことです。今日はどんなことに疑問をもったか、それをどのように解決しようとしたかを、日記のようにつけてみると楽しいかもしれませんね。疑問の数が増えるほど好奇心のレベルも高くなり、世の中のことがさらに面白くなっていくことに気づくでしょう。それから、一度や二度、専門書や手引書を読んで、難しいと感じてもあきらめないこと。それはたまたま、相性が悪かっただけです。世の中には、本を書く人がいっぱいいる。その中に、必ずあなたにもわかる書き方をしている人がいるはずです。それが漫画なのか数式なのかは人それぞれですが、多くの中から、自分に合う、理解できる資料を探すこと。そういう訓練も高校時代にできているといいですね。

フューチャー

ものつくりならコンピュータ理工学部

 物理を勉強するということは、ものの原理がはっきりわかるということ。そしてそれを「わかった!」で終わらせないのがコンピュータ理工学部です。そこから「ではどんな製品をつくれば世の中の人に喜んでもらえるのか」を考える。しかもニーズやコストを検証し、利益が出る方法を模索します。今世の中に出ているさまざまな便利なものも、そんなふうに考え出されたものばかり。もとになる原理は高校の教科書にも載っているんですよ。アイデアひとつで、世の中が豊かに潤う、そんな種がいっぱい埋まっている。ものつくりをめざすならコンピュータ理工学部です!

コンピュータ理工学部 コンピュータサイエンス学科 坪井 泰住教授

プロフィール

研究テーマは機能性光学材料の研究。蛍光体光物性の研究や磁性体分光研究に従事し、1979年にはイオン結晶中でのナノ微粒子作成とそのメゾスコピック現象の草分け的研究を行う。有機EL研究のきっかけは70年代、希土類の蛍光材料のテレビへの応用研究を進める中で、色純度のよい希土類を使った有機EL素材に着目したこと。以来、有機エレクトロニクス材料の研究もライフワークのひとつに。社会に求められる技術の発展をめざし、精力的な研究活動を展開。理学博士。

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