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ユビキタス※1社会のパートナーは“気の利く”ロボット
—対話型ロボットで人間の知性とロボットの知性の共生を目指す—
コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 上田 博唯 教授
対話型ロボットで人間の知性とロボットの知性の共生を目指す
家に帰ると、かわいいロボットが「おかえり!」と声をかけてくれます。「今日は学校で何があったの?」「明日の朝忘れ物をしないように、覚えておいて欲しいことはない?」といった会話を交わしたり、時にやさしく時に厳しいパートナーとして勉強や調べものを手伝ってくれたりもします。キッチンでは、お母さんがロボットから提供してもらったレシピをスクリーンに映し出しながら夕御飯の支度中です。お父さんがお風呂から上がると、ロボットが「お風呂が空いたよ」と声をかけます。10年、20年後には、こんな家庭の風景が日常のものになっているかもしれません。家庭環境にロボットを組み入れることで、新しい可能性、人間との新しい関係性を見つけていこうと研究を進められている上田博唯先生に、対話型ロボットを開発していく上で欠かせないロボットの知性と人間の知性の共生についてお話をうかがいました。
※1 1988年にアメリカのマーク・ワイザーが「生活環境のあらゆる場所に情報通信環境が埋め込まれ、利用者がそれを意識せずに利用できる技術」をユビキタスコンピューティングと定義して、これを提唱したのが、現在の概念としてのはじまり。「ユビキタス」の語源はラテン語で、「どこにでもある」という意味。
ユビキタスな生活環境での通訳者
私はいま、「人間の知性とロボットの知性の共生」というテーマに1番力を入れていて、対話型ロボットを使って色々な研究を進めています。ここでいう共生とは、人々の実際の日常的な暮らしの中で、人間とロボットとが協力しあえるような仕組みを開発して、よりよい生活環境を実現していこうというものです。昨年秋に開催された東京モーターショーでは、「PIVO2」という名前のコンセプトカーが展示され、その運転席の前方に人とクルマの楽しいコミュニケーションを実現する小さなロボットがちょこんと搭載されていました。このニュースを見たときには、まさに「わが意を得たり、ここにも同じことを目指している研究仲間がいるのだ」と、とても嬉しかったですね。
研究室では、以前に私が開発した「Phyno(フィノ)」という名前の小型のコミュニケーションロボットを使っています。Phynoにはマイク・カメラ・スピーカーが内蔵されていて、人間と音声による会話ができます。さらに、首や手、胴体を動かして、仕草でノンバーバルなコミュニケーション※2をすることもできます。そして、ネットワーク接続されている家電製品をはじめとする各種の機器を制御することが可能となっています。
このロボットの役割は、「通訳者」のような存在だと考えるとわかりやすいでしょう。最近は、情報機器や家電製品などの機能が増え、操作方法が複雑化していて、ユーザが簡単には使いこなせないことがしばしばあります。そんなときには機械に詳しい人が身近にいて、わかりやすく説明してくれたらなぁという気持ちになるものです。その時こそPhynoの出番です。
最近私が携わったプロジェクト※3では、家庭内のユビキタスネットワークによって情報機器や家電製品とPhynoとを相互に接続した生活実験住宅を構築しました。そして、ユーザがいま何をしたいのかということをPhynoに話しかければ、Phynoが機器や製品を制御して、それを実行する仕組みを組み込んだのです。この生活実験住宅の中で、Phynoは情報機器や家電製品などと、そこに生活する人との間の通訳者として活躍しました。「少し暗いね」と言えば、Phynoが部屋の明かりを適切な明るさに調整してくれます。料理の献立を考えるのを手伝ってくれたり、電子番組表の中から面白そうなテレビ番組を探してくれたりもします。リモコンなどの操作が一切不要な生活空間を実現したのです。
※2 言葉ではなく、顔の表情や仕草などで行うコミュニケーション。
※3 NICTけいはんなオープンラボを利用して2003年度〜2005年度に産学官17機関が連携して実施した「ゆかりプロジェクト」。住宅内の情報機器や家電製品等と各種センサをネットワークで統合したユビキタス環境を備えた実験用住宅「ユビキタスホーム」を構築し、生活実証実験等を行った。
人とロボットの対話に新しい関係作り
各種センサやRFID(無線ICタグ)、カメラ、マイクといった機器を組み込んだユビキタスネットワーク環境の整った住居では、常にセンシング※4を行うことが可能です。センシングしたデータは、ユーザの情報として認識されて、新たなサービスに活用されます。そこに生活している人がいま何をしているのか、いま何を欲しがっているのかといったことを、気を利かせて察知して、実行できるようになります。省エネなど、トータルに無駄を省くこともできるでしょう。
また、見たい番組が始まりそうな時に自動的にテレビを点けたりもするのですが、そんな時に「どうしてテレビが点いたの?」と聞くと、Phynoは「前に楽しそうに見ていた番組と似ているのがもうすぐ始まるからだよ」というように答えてくれます。人間からの質問に対して、自動的に実行されたその時の状況やその理由を説明する能力があるのです。この能力は、人とロボットの対話の中に、従来なかった新しい関係作りを可能にしていくものです。2009年には、京都産業大学にもユビキタス環境を整えた実験室(キッチン、リビング、バスルームなど)が建設される予定ですから、みなさんが研究室に配属される頃には、より具体的な実験も可能になるでしょう。
ところで、こうしたユビキタスネットワーク環境におけるセンシング技術は、生活を便利で豊かなものにしてくれる一方で、個人の情報を扱い、それらを長期間に渡って大量に蓄積します。そこで、今後新しく生じるであろう種々の問題を的確に予測して、十分な対策を考えておくことも必要になります。個人情報とは、自分自身でコントロールできることが重要なものです。例えば、「さっきの映像は、私以外の人には見せないで」とか、「今の情報はメモリから消しておいて」といった要求に応えられるようにしておく必要があるでしょう。現在、そういったプライバシーに関わる分野では、法律の専門家も交えて京都大学などと合同で研究を進めています。
※4 センサを使用して計測すること。
対話型ロボットの開発―目指すは気の利くロボット
Phynoは「通訳者」のような存在であるといいましたが、ユビキタス技術を使ってユーザの嗜好・情報を認識したり、忘れ物をチェックしたり、各人の秘書のようでもあり、かつ「よく気の利く」パートナーのようでもあるといえます。そして、私たちはPhynoが具体的にどういったことができればよいのかということを研究しているのです。
Phynoは、会話の中からその人が何をしたいのかをきちんと理解しようとします。そして今後は、ユーザ自身ですら気がついていない、あいまいな意図をも汲み取っていけるような会話ロボットとして育てていきたいと考えています。
具体的な目標では、将来的に情報機器や家電製品などの取扱説明書がなくてもいいようにしたいと考えています。さまざまなニーズを持ったユーザがいるために、全てに応えようとして、現在の機器は過剰に複雑化しています。その結果、取扱説明書はどんどん分厚く難解なものとなりました。これでは、ユーザにとって使いやすいものとはいえませんし、性能がいくらよくなっても役に立ちません。
私の研究室では、こうした問題を解決する一つの方法として、次のようなことを考えています。システム設計者が世界的に共通化された仕様書を作り、それを読み込んだ対話型ロボット(Phyno)が、ユーザに合わせて必要な使い方を説明したり、機能を提案したりすることができる仕組みを開発するのです。そうすれば、ユーザはもう分厚い取扱説明書を読まなくても済むようになるはずです。「ユーザに合わせて」説明するためには、ユーザである人間のことをよく知らないといけません。いま、研究室の学生たちは、対話型ロボットが、どういう説明の仕方をすれば人間にとってわかりやすいのか、説明の仕方や説明する時の仕草を変えると人間はどう感じるのかといったことを実験するところから、この問題に取り組んでいます。
ロボットを通して見える人間の不思議
現在、コンピュータなどの情報機器や家電製品等の性能は急速に向上しています。けれども、果たして本当に人間にとって使いやすくて、よいものになっているかは疑問です。私たちは、ロボットを対話インタフェースとして知的システムと人間との間に入れることで、互いに知性を持つ人間とロボット、そして知的システムとの組み合わせの中から、これまでのシステムにはなかったような可能性を探っていきたいと考えています。せっかく技術が向上したのに、システム設計者もユーザも苦労が増えているようではもったいない。ユビキタスネットワークなどの新しい技術と従来技術とをうまく組み合わせて、「世の中に役立つ知的システム」を創り出していきたいと思います。
実証実験では、2週間一緒に生活するうちにPhynoに愛着が湧いて「早く家に帰らなくては」という気持ちになる人や、「悪いことをするとPhynoがいうことを聞いてくれなくなるよ」といって子供のしつけに活用した人など、それぞれがPhynoとの関係を築いていました。ロボットというのは、不思議なものです。人間はロボットが生き物ではないとわかっていながら、愛着や喪失感を感じます。これはロボットというより、人間の不思議かもしれません。
人間の得意な部分と、ロボットの得意な部分とをうまく補い合ってどう伸ばしていくかが、これからの時代の大きな課題です。質問したら説明してくれる、人の話をきちんと理解できるなど、人間から見て「なるほど」と思ってもらえるような“対話”ができるかどうかが、人間のよきパートナーになれるかの大きな鍵を握るでしょう。若いみなさんには特に、従来技術で開発されてきた知的システム(冷たい知性)だけではなく、温かい知性であるロボットのあるべき姿を追求するという研究に闘志を燃やしてぶつかっていってほしいと思います。
落語のできるロボット
学生には、最初は練習問題として、落語の一節をPhynoに演じさせるプログラムを作らせたりしています。ある時はジェスチャー豊かに、時にはほんの小さなしぐさを駆使して聞き手を惹きつけて放さない話術など、落語から学ぶ点が多いからです。話し方や仕草、そしてそのタイミングの変化で、聞く人の感じ方がどう変わるのかということを、試行錯誤して体感してもらいます。そして、その経験を活かして、人を励ましたり、熱中しすぎている人に休憩を促したりするといった実際の応用に結びつく研究課題に取り組んでもらうようにしています。
アドバイス
高校生へのメッセージ
私は高校時代、物理研究室・放送部・写真部の3つのクラブに所属するほど、クラブ活動に熱心な生徒でした。物理研究室ではバイクのエンジンにプロペラを取りつけてホーバークラフトを造ったり、アマチュア無線をしたり。放送部では放送劇をやったり、写真部では本格的に暗室で大きな写真を焼きました。いささか欲張りすぎたのか、大学受験では浪人することになりましたが。
みなさんにも、高校生の間に必ずこの教科をこれだけはやりなさい、といったアドバイスは特にありません。興味のあることを見つけて、それに熱中してください。「プログラミングができないとだめですか」とよく聞かれますが、嫌いでなければ問題ありません。興味があれば、後からでも、何だって勉強できるからです。いまは、むしろ文系の人と理系の人のコラボレーションが大事な時代です。何にでも興味があることが大事ともいえます。
この分野での研究とは、まず仮説をたてて、その仮説が正しいかどうかを確かめるということです。何より発想が大切です。既存のモノに縛られずに、自由な発想で研究に取り組めるように、たくさんの経験をして、人間とは何なのかということを深く知ってください。
コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 上田 博唯 教授
- プロフィール
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専門は画像認識とヒューマンインタフェース。大きな研究テーマは「知的メディアシステム」。学生時代の専門は符号理論。しかし、就職活動の際に、日立製作所の中央研究所でテレビカメラで図面を読み、その図面通りに積み木を組み立てる戦略を考え、腕を動かして実行するロボットの開発研究の様子を見て、「コンピュータにも知的なことができるのか!」と興味を持つ。当時のロボットは工場の完全機械化・無人化を目指すものであった。30年を経たいま、人間と対話し“人と共に生きる”ロボット研究に挑戦できる時代となり、ますます知的好奇心に燃えていると自ら語る。人とロボットの共生のためには、人間自身についても深く知らなければいけないと、心理学者や社会学者など幅広い研究者との情報交換・共同研究も積極的に行っている。大阪府立北野高校。大阪大学工学部(修士)。博士号は東大から取得。