X線を使ってダークマターの正体を探る —銀河と銀河団の観測から見えてくるもの—

理学部 物理科学科 三好 蕃 教授

銀河と銀河団の観測から見えてくるもの

 大気に包まれた地球から一歩外へ出れば、そこには地上で実現できる「真空」よりもはるかに物質密度の低い世界が広がっています。どこまで行っても、星やガス以外に出会うものはなさそうです。しかし現代宇宙物理学は、そこには明らかに何か得体のしれない目に見えない物が充満していることを突き止めています。
 その見えない物をどうやって確かめ、測定するのか。X線による観測でそのダークマターと呼ばれる物質の正体をつきとめようとしている三好蕃先生に長年に亘る取り組みの一端をお聞きしました。

ほぼ解明されてきた全宇宙の組成

 宇宙空間が得体の知れない物で充たされている、こんな衝撃的な事実が分り始めたのが1980年代。宇宙の始まりやその全体の仕組みが様々な観測によって明らかになるにつれて、物質や光(電磁波)しか含まないと考えられていた宇宙が、実は真空エネルギーとダークマター(暗黒物質)というものでほとんど充たされていると結論付けられたのです。このうち真空エネルギーの方は、いろいろと紆余曲折を経て、今はダークエネルギーと呼ばれています。一方、ダークマターはその真空の中を自由に動き回る物質粒子です。このダークマターという名称は、光をはじめとする電磁波では直接観測ができない、すなわち “見えない”ことから来ています。最新の宇宙物理学の成果として、宇宙を満たす総エネルギー(質量)のうち73%がダークエネルギー、23%がダークマターで占められているのに対し、私たちの地球や太陽、そして銀河に含まれる星や塵やガス、それから近年話題になっているブラックホールや、中性子星、さらにはクェーサーなどを構成する物質(バリオン物質)がわずか4%にすぎないことも分ってきました。ダークマター粒子の正体解明は、質量の起源、さらには究極の物質の究明にとって非常に大切なのです。

銀河のダークマター

  ダークマターが何であるかについて、当初はブラックホールや暗い星ではないかとか、また最近では小柴博士のノーベル賞受賞にもつながったニュートリノではないかなど、様々な予想がされてきました。しかし今日では、ダークマターの大部分は私たちがまだその正体を知らない未知の素粒子であると考えられています※1

 ダークマターの存在が最初に確認されたのは、銀河団です。次いで、銀河団の構成要素である個々の銀河にもこの見えない質量が大量に存在することが分ってきました。ケプラーの第2法則をご存知でしょうか。惑星の公転(回転)速度は太陽から遠いほど遅い、というものですが、これは太陽系の中心にある太陽に質量が集中しているために引き起こされる現象です。全体が平たい構造の渦巻き銀河も、見た目には中心近くに質量が集中しているように思われる(写真①)ため、やはり外側の星やガスの回転速度は外にいくほど遅くなると考えられてきました。ある渦巻き銀河の中心からの距離(単位:kpc≒3×1021p)を横軸に、回転速度(単位:km/s)を縦軸にとったグラフ①では、点線部分がその従来予想を示しています。しかし最近の中性水素ガスの運動の観測から、実線で示したように外側でも回転速度がほぼ一定で遅くならないことがわかりました。回転速度と遠心力とは、遠心力(V(r):中心からの距離r での回転速度)の関係式で結ば れ、遠心力とつりあう重力は(G:万有引力定数、M(r):中心から距離r 以内に含まれる質量)に比例します。したがって、M(r)はrにほぼ比例して増加し、トータルでは光で見えている星やガスの10倍程度の質量が存在しなければならないことになったのです。

銀河団のダークマター

 銀河団はたくさんの銀河の集団で、各メンバー銀河は銀河団の中を動き回っています。それらがバラバラに飛散してしまわないためには、それらをつなぎ止めておく強い重力が必要ですが、これについては、銀河たちの全運動エネルギーTとポテンシャルエネルギーU の間に

の関係式が成立しなければならないという定理(ビリアル定理)があります。TとU は、それぞれ

で与えられます。ここで、Mg は銀河団に含まれる銀河の質量の総和、Mは銀河団の全質量、は銀河の速度分散(個々の銀河が銀河団の中で動き回っている速度の2乗の平均値)、Rは銀河団の半径で、〜は「およそ等しい」ことを表します。式①、②から

となります。各銀河の視線方向の速度はその赤方偏移※2 の観測から求められ、はそれから求まる視線方向の速度分散の3倍に等しく、Rは銀河団の天球上における拡がりの角度の半分に、われわれから銀河団までの距離を掛けることによって求められます※3

 こうして求められた銀河団の全質量を各メンバー銀河の質量(先程述べたように回転曲線から求まります)の合計と比べた結果、銀河団の全質量が、光で見える銀河の質量の総和の数十倍から数百倍も大きいことがわかったのです。つまり、光や電波で直接観測できないけれど、質量を持ったモノ、すなわちダークマターがそこに確実に存在するということです※4

X線を使って、銀河団のダークマターの質量分布を測る

 このようにその存在が確実視されているダークマターですが、今後、X線天文学の方からその粒子質量を決めることができれば、素粒子理論に大きなヒントを与えることができます。もちろん、他にも様々な検出実験がなされたり計画されたりしていて、それぞれに得意とする粒子質量範囲があります。いずれにしろそう遠くない将来に、どれかの方法でダークマター粒子の質量も決まることと思いますが、その時まで私たちの研究も続くことになります。

 写真②と③は同じ銀河団A2029の光とX線によるイメージです。物質は何千万度にもなるとX線を放出しますから、写真③の白から緑で示された(X線の強い)領域は、熱いプラズマが大量に充満しているところです。温度が高いということはプラズマ粒子の運動エネルギーも大きく、物質の動きも早いことを意味しますから、それを引き止めておくには強い重力が必要で、その重力の源となる質量も大きくなければなりません。

 さて、その質量の実際の分布を知る方法ですが、まず写真③のような銀河団のX線像をできるだけ細く輪切りにします。そして各リングのX線スペクトルから温度を、X線の明るさ(表面輝度)からガス密度(ρg )を導出します(実際にはかなり手の込んだ解析が必要ですが、ここでは省略します)。こうして求まった温度とガス密度の積から、それぞれの半径(r)ごとのプラズマガスの圧力がわかります。その圧力は中心ほど高く、外側へいくほど低いので、半径方向外向きに勾配を持ち、この圧力勾配がプラズマのガスを外へ押し出す力になります。

 この力に拮抗して、銀河団全体の膨張・飛散を妨げるのが重力で、この両者の釣り合いから、重力加速度の大きさ=となります。重力加速度の大きさはで表されますから、

となって、右辺の圧力勾配の大きさとρg にX線観測から求まる値を代入して、半径rの中にどれだけ質量があるかがわかります。グラフ②は銀河団A773についてこれを各半径ごとに対数グラフで表したものです(1Mpc≒3×1024cm)。

 もちろん、今はまだ観測誤差が大きすぎて、こうしたグラフからダークマター粒子の質量を特定するまでの精度はありません。今後は観測誤差が小さくなるのを待つとともに、観測結果と比較してダークマター粒子の質量を正確に求めるための理論モデルの整備も急がれます(まだ十分なものができ上がっていません)。

 他方、真空のエネルギーであるダークエネルギーの起源も不明のままです。どちらが先に解決されるか分りませんが、宇宙の総エネルギーの96%が正体不明という現在の異常事態から、私たちは一日も早く抜け出すことを目指して研究を続けて行こうと思っています。さいわい、X線天文衛星や大望遠鏡はどれも世界中の研究者が利用できる仕組みになっているので、こうした研究を続けるのにまったく不自由は感じていません。京都に居ながら、常に世界の最先端の研究を続けて行くことができるのです。

グラフ

※1 当初は、直接観測にかからないという理由で、不可視質量(missing mass)と呼ばれたり、あるいは、そういう得体の知れない物質の導入を避けたいという立場からニュートン力学そのものを変えて観測結果を説明しようとするMOND(修正ニュートン力学)が提案されたりと、様々な動きがありました。MONDは今も議論の渦中にありますが、かりにMONDが正しいとしても、MONDだけで銀河の回転曲線を説明するのは無理で、ある程度のダークマターが必要であることが明らかになっています。

※2 現在私たちが見ている銀河も銀河団も、そのほとんどすべてが私たちから遠ざかっています。これを光学望遠鏡で観測すると、各原子や分子に固有のスペクトル線の波長がドップラー効果(*)によって長くなり、赤色のほうにずれています。これが赤方偏移と呼ばれる現象です。音のドップラー効果は、「音源や観測者の運動によって、音の振動数が変化して聞こえる 現象」(啓林・物理I)。光についても同様の効果があります。

※3 波長がどれだけ赤のほうへずれたかは、(λは観測された波長、λ0は実験室で測った波長)で表されます。星が私たちから遠ざかっていくスピードは、そのスピードが光速cに比べて十分小さいときは、v=czで表されます。またハッブルの法則によればそのスピードは私たちと星との間の距離に比例し、v=HD(Dは星とわれわれの距離、H0はハッブル定数)と表されますから,DはDと求まります。また銀河団の広がりの角度α(ラジアン)は観測でわかりますから、にDを掛けることで、Rが求まります。

※4 全体の質量から銀河(星)の質量とプラズマ(ガス)の質量を差し引いた値がダークマターの質量となる。ガスの質量は星の5〜6倍あり、ダークマター対{星+ガス}の質量比はだいたい6:1で、宇宙における23:4にほぼ等しい!

トピックス

卒業したら

 これまでかなりの人たちが一流の会社へ就職しています。公務員や高等学校の先生になった人もいます。大学院の博士前期課程を終えて大手電機メーカーの宇宙開発部など、学んだことが直接活かせる仕事についている卒業生もたくさんいます。博士後期課程を修了して博士となり、今は大学の先生になっている人もいます。

アドバイス

高校時代は何を

 高校の理系コースに置かれている数学や理科(とくに物理)を勉強しておくことは、大学で物理を学ぶためには必ず必要です。でも、もっと大切なのは物理が大好きという気持と、その好きな物理を究めるためにはどんなに苦しい勉強でも頑張るぞという熱い心です。ハッブルは最初、弁護士をしていましたが、ほどなくして大学院へ入り直し天文学の道を極めました。高校時代にはスポーツ万能選手で、ボクシングもプロ並みに強かったと聞きます。天文学への情熱に加えて、その強靭な体力も彼の精力的な観測を支えたものと思われます。

 今度の学習指導要領の改訂では理数の授業時間が増えると聞きますが、大切なのは、教えられることで終わりとせず、自分から意欲をもってどれだけ勉強するかということです。

理学部 物理科学科 三好 蕃 教授

プロフィール

物理が好きで、湯川博士がおられた京都大学理学部へ。3年次の冬に「宇宙線の起源」と題する集中講義に来られた名古屋大学の早川幸男教授(宇宙線研究の世界的権威で、日本におけるX線天文学やγ線天文学の創始者。晩年は名古屋大学学長を務める。1992年没)に惹かれ名古屋大学大学院に進み、X線天文学を専攻。はじめ銀河系内の点状X線源を相手にしたが、後に研究対象を銀河、銀河団、さらには宇宙全体にまで拡げ、クェーサーや宇宙X線背景放射の研究などにも取り組む。1990年1月に発表した、吸収を受けた遠いクェーサーからのX線の重ね合わせで宇宙X線背景放射を説明した論文(M.J.ReesやA.C.Fabianとの共著)は多くの論文に引用され、その後の宇宙X線背景放射の起源に関する研究の方向付けに貢献した。

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