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フーリエが拓いた関数の新たな世界 —単純な三角関数で複雑な波を表す—
理学部 数理科学科 柳下 浩紀 准教授
単純な三角関数で複雑な波を表す
すべての関数は三角関数の無限の重ね合わせで表すことができる―こう言われると、みなさんはどう思いますか?「そんなの嘘だ」と思う人もいるでしょうし、「それはすごい」「その方法を知りたい」という人もいることと思います。18世紀後半から19世紀前半にかけて、この問題に取り組んだのがフーリエというフランスの数学者でした。
アイデア自体は以前からありましたが、その方法を確立させたのがフーリエだったのです。現在では「すべての関数」という部分が否定されていますが、それはほんの一部の例外的な関数で、高校生のみなさんが習うような関数であれば「すべての関数」を表すことができるのです。そのフーリエの解析学を、彼が取り組んだ熱現象の問題にも触れながら、蜑コ浩紀先生に、わかりやすく説明していただきました。
時代が求めた数学理論
18世紀後半、イギリスを皮切りにヨーロッパで産業革命が起こりました。蒸気機関の発明を中心とする新しい文明社会の中で、数学を取巻く環境も大きく変動します。産業革命以前の数学は、天体の運動法則など、どちらかといえば人々の日常生活からは遠く離れたところで使われる学問でしたが、この時代を境にして私たちの生活に密着する場面で必要とされる学問分野へと変貌していくのです。
蒸気機関は、蒸気を利用して熱エネルギーを機械を動かすためのエネルギーへと変換する動力機関です。イギリスで確立したこの技術に対して、科学者たちは熱という現象を理論的に説明することに関心を集めます。フランスでは熱現象を解明するための数学理論が公式に求められました。1811年に、パリ科学アカデミーが「熱伝導の法則の数学的理論を示し、その理論の実験結果との比較を求む」という問題を提出しています。このように熱現象を解明する数学理論は当時の科学・数学界にとって最重要課題だったのです。というのも熱現象は当時の最先端の物理理論であるニュートン力学では説明できないものだったからです。
この時代の要請に応えるように登場したのが、フランスの数学者ジョセフ・フーリエ(Jean Baptiste Joseph Fourier、1768−1830)でした。フーリエはパリ科学アカデミーの問題に応募し、その論文はアカデミー大賞を獲得しました。
1822年には『熱の解析的理論』を出版。熱伝導の理論とともに熱現象を解析する方法を確立させました。非常に応用分野が広い理論で、今日では熱現象のみならず工学や物理学の非常に多方面で使われているのです。
フーリエの法則
熱伝導に関してフーリエが発見した「フーリエの法則」は、それまでの観測事実などから見出されたもので、「熱の伝わり方は温度勾配に比例する」というものです。温度勾配とは、温度分布(熱のグラフ)の傾きのことです。温度差が急なほど傾きが急になり、より多くの熱が伝わります。
熱は温度の高いところから低いところへと伝わっていくため、周りより温度の高いところでは、出て行く熱のほうが多いので、温度が下がっていきます。逆に、周りより温度の低い部分では、入ってくる熱のほうが多くなり、温度が上がっていきます。横軸を位置、縦軸を温度として図にすると次のようなイメージになります。
フーリエはさらに、このような複雑な形をとる熱のグラフ(温度分布)の時間的な変化を解析するための方法を確立します。それが複雑なグラフを三角関数の重ね合わせとして捉える方法「フーリエ展開」でした。
関数は無数の三角関数の重ね合わせ
フーリエ展開を紹介する前に、その基礎となる三角関数を復習しておきましょう。
三角関数は、y=sinθ、y=cosθなどと表され、原点を中心に持つ円を考え、その円周上を移動する点と原点とで与えられる三角形の正弦(sin)あるいは余弦(cos)の値をとります。
正弦、余弦とも-1から1の値をとります。1周360°で元の位置に戻り、そこからまた同じ値を繰返す「周期関数」です。
次に、周波数(振動数)と振幅を変化させる方法を見てみましょう。周波数とは波の繰り返しの回数のことでグラフでは波の横幅の狭さに対応します(周波数が大きいほど1つの波の横幅は狭まります)。振幅とは波の大きさのことでグラフでは波の縦幅の大きさです。いくつかの例を図示します。
このようにして、あらゆる周波数、振幅を持つ三角関数を作ることができます。そして、次の図のように、それらを重ね合わせれば様々な複雑な波を表すことができるのです。
上のグラフは先の2つとを重ね合わせたものです。もちろん、表すグラフによっては、より多くの波を重ね合わせることになります。フーリエが確立させた方法では無限個の足し合わせまで想定されていますが、どれだけ複雑な波であっても、いくつ足し合わされようとも、基本となる波はy= sinθとy=cosθから変形した単純な波なのです。
このようにして、フーリエは様々な形の波を単純な三角関数に分けることができると示しました。これにより、熱現象を三角関数を用いて表すことに成功したのです。
熱の動きを解析する
「フーリエの法則」と「フーリエ展開」とを用いることで、固体でも液体・気体でも、小さな金属から地球表面の熱にいたるまでの、様々な熱の動きを計算により求めることができます。
全体の熱の状態が、時間が経つにつれてどのように変化していくのかを知りたいときには、先ほどのフーリエ展開が活躍します。まず、熱の分布状態を曲線で表したものをフーリエ展開します。要素に分けられた一つひとつの三角関数は振幅が時間とともに形を維持したまま小さくなっていきます。その小さくなる速度は、周波数が大きいほど速くなります(sinθがr倍になるときに、sin nθはrn2倍になる)。
一つひとつは単純な三角関数なので熱の時間変化も簡単に求められます。そして、ある時刻における熱の状態を表現するには、時間に伴って振幅が小さくなった各々単純な三角関数を再び重ね合わせればいいのです。図6は、図5を初期状態とした場合の熱の伝わり方を図にしたものです。
このような考え方は熱現象だけではなく、自然界に見られる様々な拡散現象の説明にも用いることができます。
現代でも応用されるフーリエのアイデア
フーリエの解析学は、私たちの非常に身近なところでも活用されています。たとえば、遠く離れたテレビ塔などから送られてくるテレビやラジオの電波は、データの周波数を変換して送り出されています。そして、受信した側でその電波からデータを復元して画像や音声を再現しているのです。
また、コンピュータなどで画像や音声を送受信する際に用いられるデータ圧縮の技術にもフーリエのアイデアが生かされています。たとえば、画像データ圧縮の場合、圧縮する前の画像データは、画像の点一つひとつについてそれぞれ色の3成分(赤、緑、青)の濃淡のデータが含まれています。そのため一般にデータ量が大きくなってしまいます。そこで、各色の濃淡分布を位置の関数とし、その関数に対してフーリエ変換を行うことなどでデータ量を小さくしています。
テレビの電波にも送られてくる映像にもフーリエのアイデアがかかわっているのです。私たちが日頃テレビを楽しんだり、インターネットで画像や音声を受信したりできるのは、実はフーリエの発見があったからこそなのです。
トピックス
数奇な運命をたどった天才
フーリエが生まれたのはフランス革命直前という激動の時代でした。そのため、フランス革命とナポレオン時代に、彼の人生は大きく揺さぶられます。1789年、ベネディクト派の学校の修練士だったフーリエは、パリ科学アカデミーに方程式の解の個数についての論文を送っています。しかし、この論文は同年に勃発したフランス革命によって、うやむやのままになってしまいます。革命の影響で修練士を辞め、故郷で教師になったフーリエでしたが、1795年、エコール・ノルマルが開校すると、第一期生として入学します。続いて、エコール・ポリテクニークへと移り、助講師を務めるようになります。1798年には、ナポレオンのエジプト遠征に随行する科学者に選ばれ、エジプト研究所の終身幹事に任命されます。しかし、イギリスとの協定によりフランスはエジプトから引き揚げてしまいます。フーリエは、エコール・ポリテクニークへの復帰を希望しますが、ナポレオンに政治手腕を見込まれて、フランス南部のイゼール県の知事に任命されます。1808年、ナポレオンからは男爵の爵位までもらい受けます。しかし、皮肉なことにナポレオンの失脚後、パリの統計局の幹事時代に、数学の研究に集中できるようになるのです。数学以外にも多彩な才能を示したフーリエを、激動する時代はなかなか自由にしてくれませんでした。しかし、最終的には数学者として多大な功績を残しました。
フーリエの影響を受けた数々の数学・物理学理論
フーリエが熱現象を関数として捉え、その関数は三角関数に分けることで表すことができると主張したことは、その後の数学・物理学の発展に大いに寄与することになります。フーリエの「すべての関数は三角関数を無限個足し合わせることで表すことができる」という主張は、当時の数学界にとって重要な問題提起となります。それまでの数学では「すべての関数」とは何か、また「無限個の足し合わせ」とは何かが厳密に議論されていませんでした。フーリエのこの問題提起をきっかけにして、後の集合論、積分論、確率論といった多くの分野が発展していくことになります。また、無限の周波数成分に分けられる関数の長さという考え方から、関数が作る無限次元の空間という概念が生まれ、ヒルベルト空間という量子力学の数理的基礎へとつながったり、量子力学の不確定性原理が数学的にはフーリエ解析の不等式として表されたりするなど、物理学の発展にも多大な影響を及ぼしました。
理学部 数理科学科 柳下 浩紀 准教授
- プロフィール
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数理科学博士。専門は非線形拡散方程式の数理的研究。「非線形」とは文字通り「線形ではない」という意味で、原因を2倍にしても結果が比例して2倍にならないような現象を言う。自然界に存在する多くの現象は非線形。「拡散」とは、熱の伝わり方など、偏って分布しているものが偏りがより少ない安定な状態へと変化していくこと。非線形でかつ拡散する現象としては、伝染病の広がり方や2種類の状態を取り得る金属における状態の境目の移り変わりなどが挙げられる。ご自身の研究分野については「数学者から見れば応用的な分野であるが、物理学者・生物学者から見れば理論的分野」と数学と科学とのちょうど境界上にある分野とのこと。