インターネットに眠る莫大な資源
—みんなのパソコンをつないでスーパーコンピュータを超える—

理学部 コンピュータ科学科 安田 豊講師

 今日、コンピュータは日々の生活になくてはならないものです。パーソナルコンピュータは、研究や仕事のためだけではなく、個人が所有し、趣味やコミュニケーションなどにも利用されています。そして、そのほとんどがインターネットに接続され、世界で5億台を超えるコンピュータがつながっていると言われています。しかし、ほとんどのユーザにとって、自分のパソコンの性能や、5億台以上ものコンピュータとネットワークで結ばれていることを、十分に活かせていないのが現状です。これらの資源を有効に活用できれば、将来のコンピュータの可能性は飛躍的に高まり、アイデア次第で多くのことが実現されていくでしょう。ネットワークがご専門の安田豊先生に、ネットワーキングの現在と未来をお聞きしました。

単体利用からクライアント・サーバ、そしてP2P へ

 コンピュータと呼べるものが登場してからおよそ60年、このわずかな期間にその性能は驚くほど向上しました。それに併せて、主流となるコンピュータネットワークの形も大きく変わってきました。

 コンピュータが実用的な装置として登場した当初は、ネットワークを結んで利用するという形態はなく、使いたい人はコンピュータが置かれた部屋まで足を運び、プログラムを専属のオペレーターに提出し、自分の順番を待って処理してもらっていました。1台1台のコンピュータが高価で巨大なものだったためです。

 その後、本体となるコンピュータからケーブルを引き、その先に本体を操作するための端末がつながります。わざわざコンピュータの部屋まで行かなくても、いくつかの離れた場所から利用できるようになりました。また何人もの利用者が同時に1台のコンピュータを利用できるようにもなりました。

 その後、コンピュータの数が増えて価格も下がり、複数のコンピュータを接続して仕事を行うようになります。いま使っているコンピュータを通して、遠くのコンピュータを操作する(リモートコントロールする)こともよく行われました。コンピュータネットワーク、いまのインターネットのはじまりです。

クライアント・サーバ

 インターネットでは初めのころ、サービスを提供できる高性能なコンピュータ(サーバー)の価格がまだ高かったため、少数のサーバーに安価で低性能なコンピュータ(サービスを受けるお客さんという意味でクライアントと呼ぶ)が多数アクセスする、という構成が一般的でした。このような構成のことを「クライアントサーバーシステム」と呼び、長らくネットワークを構築する際の基本的な考え方となっていました。現在でもこの考え方自体は有効で、Webもこの構成によるサービスです。

 さらに、パーソナルコンピュータの普及と、その性能向上によって、ネットワークを巡る環境は大きく変化しました。これまで主にサービスを受けるだけだった個人用コンピュータが、サービスを提供できるほど高性能になったのです。現在では、世の中にあるほとんどの個人用コンピュータがサービスの提供、つまりサーバーとしての役割を担うことができます。ネットワークにつながるコンピュータがそれぞれサービスを出し合い、目的の仕事を成し遂げるという構成が容易にできるようになりました。これをP2P(peer to peer)ネットワークと呼び、このネットワークの上で動くソフトウェアをP2Pアプリケーションと呼びます。

代表的なP2Pネットワーク/アプリケーション

 P2Pネットワーク/アプリケーションとしては、例えばグリッドコンピューティングやインターネット電話、ファイル共有、ネットワークゲームなどがあります。

 グリッドコンピューティングとは、ネットワークに接続されている多数のコンピュータの計算能力を利用し、全体では膨大な計算を1台1台に少しずつ分割して処理する方法です。ネットワークとそれにつながっているコンピュータ全体を、一つの大きなコンピュータとして使うことで、スーパーコンピュータ並みの計算能力が実現できます。この仕組みを使った世界的なプロジェクトには、電波望遠鏡等で収集した電波を世界中のコンピュータに分散して分析し、地球外知的生命体の探査を行う「SETI@home」や、世界中のコンピュータを使って巨大な素数を探索する「GIMPS」などがあります。

 インターネット電話は「Skype」などが有名で、インターネットにつながる特定のコンピュータ同士が直接に接続し合い、メッセージをやりとりする仕組みです。ファイル共有ソフトには「BitTorrent」や「Winny」があります。インターネットを介して多くの人が互いの持っているデータのやりとりが可能になるものです。旅行先で撮影したデジタルカメラの写真を、そこに住んでいる人や、違う季節に訪れた世界中の個人と交換する、といった楽しみ方ができます。ただ、違法な複製・頒布などに悪用されやすいという一面もあり、改善していかなければなりません。

P2Pネットワーク

必要なデータ量は人間の欲求によって決まる

 P2Pネットワークの応用例として研究されているものの一つに、分散ストレージと呼ばれるものがあります。これは作業を分散させるだけではなく、データの保存も分散させようとするものです。

 分散ストレージでは、グリッドコンピューティングと同様に、ネットワークにつながる多数のコンピュータの余っているデータ記憶領域を利用者全員で共有し、ネットワーク上に巨大な記憶空間を作り出します。ひと昔前、インターネットの大部分が電話線によって結ばれていた時代には、たとえネットワークの向こうにあるハードディスクが利用できても、データ転送に時間が掛かりすぎて、あまり意味がありませんでした。しかし、回線速度の向上により、分散しているデメリットに対して、データを共有できることや容量が巨大であることによるメリットが上回ってきました。今後、回線速度はますます向上していくため、さらに実用性は高まります。

 ある時代のコンピュータが利用可能な記憶容量と、同時期にユーザが保存したいデータの量は、面白いことに比例して変化します。つまり、技術の進歩によってハードディスクの容量が増えると、その容量で十分となることはなく、ユーザはより多くのデータを保存したいと思うようになるのです。人間の欲求に限界がないとすれば、技術的に可能な限り、人はより多くのデータを保存していくでしょう。容量がいくらあっても余るということはないのです。

インターネット博物館

 分散ストレージによって、世界中の何億台というコンピュータのハードディスクの空いている部分を活用できるようになれば、いったいどんなことができるようになるのでしょうか。

 たとえばアーカイブ(記録保存)はどうでしょう。インターネット上には、無数のウェブサイトが公開され、多くの人がブログを書き、無数の映像・音楽が配信されています。これらのデータはいつまでも掲載されているわけではなく、サイトのリニューアルや閉鎖によって、多くの場合再び見ることができなくなります。この状況を憂慮し、過去のウェブサイトを保存している団体などもありますが、倉庫に大量のコンピュータを並べて保存するという方法をとっています。資金は無限にあるというわけではないので、どこかで保存する価値のあるもの、価値のないものを選別する必要に迫られるでしょう。しかし、保存しなかったものに本当に価値がないと言えるのでしょうか? たとえば、500年前の「高級な服」は残っていても、一般市民の服はほとんど残っていません。しかし残っていないものにこそ希少な資料としての価値があるのかもしれません。同じように、専門家によるサイトと、一般の人が書いたブログとを比べて、どちらを優先して残すべきなのか、将来の価値は誰にも分かりません。

 選別をすることなく、公開されているものをすべて保存し、再び多くの利用者に提供するには、できるだけ低いコストで大きな記憶領域を、それも共有可能なものとして実現することが必要です。そうしたことにインターネットを介した分散ストレージが使えないでしょうか。単純計算では1万人に1人がこのプロジェクトに興味をもってくれれば、地球上で5万台のディスクが集まります。あなたなら何に使いますか?

 もっとも、その時々の社会状況によって、どんな技術が最適かは変化します。インターネット・アーカイブにしても、技術的にはまだいくつかの段階があり、今すぐ実現するわけではありません。しかし、おそらくインターネットはP2Pサービスの比重を高める方向に進むでしょう。現在も増え続けている世界のコンピュータが一つになれば、いったいどんなことが可能になるのか、まだまだアイデアを出す余地は大きく残されています。

ネットワークの世界は「ドッグイヤー」

 情報技術の世界には「ドッグイヤー(dogyear/犬の年)」という言葉があります。情報技術の進展はとても目まぐるしく、わずか1年の間にまるで何年も経ったようなダイナミックな変化が起こるということから、人間の数倍のスピードで成長する「犬の年」のようだ、という意味で言われている言葉です。

 実際にこの分野では、大学に入学する時に4年後は「こうなるだろう」と想像していたことが、卒業する時にはまったく違っていたり、より新しい技術が実現したり、ということが起こります。それだけ、新しいものが出やすいホットな分野なのです。

 特に、ネットワークの分野には、まだまだ可能性が大きく残されています。ただ単に通信速度が上がるだけ、例えば個人が1Gb/sec(. 現在の個人向け光ファイバー100Mb/sec.のたかだか10倍)を超えるような速度でインターネットにつながるようになったら、何が起こるのか? 何ができるようになるのか? 考えてみてください。まだ誰も知らない、誰も見たことがないものを考え出せる分野なのです。

近くの人にこそ電話する−通信メディアの不思議

 通信技術の歴史を紐解くと、興味深いことに、技術が普及すればするほど、当初の遠隔通信という趣旨から離れて、家族や友人との会話の延長のために使われるようになります。

 そもそも、電話は遠くの人と話をするための技術でした。ところが、電話が一般に普及し、携帯電話まで登場した現代、私たちは遠くの人と話すために電話を使うよりも、今日・明日にでも会うような近くの人、親しい人と頻繁に話すために電話を使います。より近い相手との、より密なコミュニケーションに用いられるように変化したのです。それは情報伝達の何かが変化した、と見るより、そのメディアが日常生活の一部になったからだと考える方がよく理解できます。

 コンピュータによる通信も同じで、今私たちがインターネットを通じて行っている通信の多くが、生活の一部となるために急速に変化していくことでしょう。SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)内のサークルなどを見てください。「生活がネットワークに張り付く」と言えるような現象が起きています。

理学部 コンピュータ科学科 安田 豊講師

プロフィール

理学士。専門はネットワーク。インターネットのトラフィック制御について研究している。他にも分散システム、従量課金、電子現金、Thin Serverなど、未来のネットワーキングに関わる全般に興味を持つ。情報技術に関する若い人のためのワクワクするような紹介記事や読み物が、世間に不足していると感じて、自らシリコンバレーなどで取材、執筆もこなす。

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