個人適応が情報社会を変える—画一的な便利さから多様な豊かさへ—

理学部 コンピュータ科学科 河合 由起子 講師

 情報技術の発展により、私たちの生活は以前と比較にならないほど便利なものとなりました。例えば、インターネットには膨大な数のwebページが公開され、世界中のどこからでもその情報を見ることができます。しかし一方で、私たちが得た便利さの分だけ、私たちの生活は豊かになったと言えるでしょうか。溢れるほどの情報の中から、本当に欲しい情報・必要な情報を選び出せているのでしょうか。この課題に取り組んでいる河合先生に、これからの情報技術についてお話いただきました。

コンピュータは画一的なものじゃない

個人適応が情報社会を変える—画一的な便利さから多様な豊かさへ—

 現在の一般的な情報検索技術では、同じキーワードを入力して検索すると、どんなユーザが使っていても同じ検索結果が返ってきます。 「そんなの当たり前じゃないか」と思う人もいるかもしれません。しかし、本来コンピュータとは、プログラムを工夫することで、一人ひとりに対して違った振る舞いができる情報機器です。誰が使っても同じ結果でなければいけないという理由はありません。

 例えば、野球の試合結果を調べたいとき、TigersファンとGiantsファンとでは読みたい中身が大きく違ってきます。もし自分の応援するチームが負けた試合であっても、好きな選手が活躍したことや、監督の次に勝つためのコメントや分析についての情報が欲しいこともあります。この場合は、どちらのチームの詳細情報を入手したいのかが大きく異なるわけです。

 このように「ある人にとっては必要であるが、他の人にとっては不要である情報」をその人ごとに選別し、その人にとって必要と思われる情報を提供することを「個人適応技術personalization)」といいます。

 個人適応を実現するためには、大きく分けて3つの方向からのアプローチがあります。1つ目は、書き手(webサイトの制作側)が、その記事についてどんな印象を持って書いているのか、ユーザがどんな情報を好んで見ているのかを分析する技術。2つ目は、検索結果をユーザの要求に応じたものとする技術。3つ目は、集めた情報をユーザにとって使いやすいように、様々な情報と融合させる技術です。

個人適応を支える技術1

印象の評価

 1つ目の技術は個人適応の核となる部分で、私もこれまでにいくつかのソフトを開発しています。世界中の情報を集めてきて、ユーザの嗜好に合わせて記事を推薦する「MPV(My Portal Viewer)」や、感性情報を分析する「YAKAKASHI」などです。

 これらのソフトは、webサイトの記事を自動的に集めて、自然言語処理を施し、印象値を出すことでサイトや記事の印象を評価します。具体的にどのような技術なのかと言うと、最初に、集めてきた文章を品詞ごとに切り分けていきます。そして、名詞の出現頻度と、形容詞の意味内容を調べます。このとき、形容詞は独自で作成した感情辞書に基づいて分析されます。感 情辞書とは、ある形容詞がどういった感情の組み合わせで使われる言葉なのかをデータベース化したものです。

個人適応を支える技術2

検索の個人適応

 2つ目の技術は、冒頭で述べた課題を克服するための技術です。現在の検索サイトでは、同じキーワードを使えば必ず同じ検索結果となってしまいます。本来、検索プログラムとは、ユーザが探し出したい情報に少しでも近いサイトや記事を探し出すべく開発・改良されるものなのですが、このシステムを逆用して、検索結果の上位に表示させることがビジネスとなっているのが現状です。これでは、ユーザが読みたい情報や価値のある情報がずっと下位になってしまいかねません。検索でヒットしても、それが1万件目であれば、ほとんどのユーザは目に することができないのです。

 これを解決する改善策として「サブトピックとなるキーワードの重み付け」を考えています。たとえば、「京都産業大学」というキーワードで検索した場合、提案するシステムがサブトピックとなるキーワードをユーザに推薦します。もし、あなたがその中で「理学部 大学入試」というサブトピックキーワードに興味があれば、それぞれのサブトピックの重要性を選ぶことができます。これまでは、そのサブトピックキーワードがあるかないかの0、1でしたが、サブトピックに0.3や0.5など欲しい数値を与えることで、それぞれの重み付けに応じた検索結果を得られ、欲しい情報に近づけるのです。

個人適応を支える技術3

個人適応に基づいた情報融合

 3つ目は、集めてきて評価した情報を基に、ユーザにどのように見せていくのか、という見せ方に関する技術です。せっかくユーザごとに異なる情報を提供できるのですから、画面のデザインもユーザごとに変えればいい、という発想です。

 たとえば、インターネットから集めてきたニュースを、ユーザが愛読している雑誌や新聞風に並べ替えることで、読みやすくすることができます。また、デザインをデータベース化しておけば、ユーザ自身が自由に選んだり、内容によってデザインを変えることもできます。

 左の図は、京都産業大学のHPとそれを雑誌の表紙風に並べ換えたものです。2つのページは全く同じ内容ですが、見せ方を変えるとこれだけの違いがでてきます。

重要となってくる技術と社会性とのバランス

 個人適応に関しては、私たちはまだ十分に情報技術の恩恵を受けているとは言えません。今後の情報技術は、この分野をより洗練させる方向に進むことでしょう。

 しかしながら、この技術には大きなジレンマがあります。完全な個人適応は、コンピュータのあり方として一つの理想ですが、個人の嗜好に偏り過ぎてしまえば、人々の共通情報を奪い取ってしまう可能性も潜んでいます。ある程度の情報の共有は、社会生活を送る上での前提なので、情報の共有が極端に少なくなれば、社会問題となることも考えられます。

 コンピュータがユーザに推薦する情報内容のバランスを取ることも重要となってくるでしょう。アメリカ人がイラク戦争についての情報を集めた時に、アメリカ側からだけの情報に偏らないように、ユーザの嗜好に反するような記事も見せるといった、バランスの取り方が求められます。

 私の開発した「FNR(Fair News Reader)」というソフトがバランスを取る役割を果たします。世界中のニュースを集めて分析し、ユーザの嗜好に合わせながら、反対意見も提供するソフトです。

 便利さだけでは、私たちは豊かになれません。これからの情報技術には、より広い目で見た「使いやすさ」やあえて不便さを残した「人に対する優しさ」が求められるようになるでしょう。

トピックス

個人適応の様々な応用

 情報の個人適応は、インターネットの中だけではなく、現実世界に応用することもできます。

 たとえば、テーマパークの随所にセンサーとカメラを設置しておきます。ある人が1日、そのテーマパークで遊んだ記録を、自動的に集めて、一つの画面に納め「テーマパークの思い出日記」を帰る時に渡す、ということもできます。この仕組みは、そのまま工場の視察や点検結果をレポートにまとめることなどにも応用できます。

 さらに、3次元情報と融合させることで、ドライバーの気分や状況(時間や乗車人数)に適応した道路を推薦してくれるカーナビゲーションシステムも可能となります。従来の「最短経 路」や「最速経路」といったルート選択だけではなく「楽しい」「ゆっくり」「景色を見ながら」といった感性に合わせたルート選択もできるようになるでしょう。

アドバイス

今ある物に満足せずにいつも疑問を

 大学に入学するまでに、きちんと学んできてほしい教科は、まずは数学です。数学が物づくりに必要なのは言うまでもありません。しかし、同じぐらいに大切なのが、国語力、つまり現代文です。どんなにいいものを作っても、うまく人に伝えることができなければ、作った成果も半減してしまいます。物事を理解する読解力と、アイデアを人に伝える表現力が大切なのです。

 うまく人に伝えるということは、さらに大きく捉えると、広く世の中に受け入れられるということでもあり、意外と文系的な要素も必要となってきます。理系志望だからといって国語や社会などの教科を疎かにせずに、しっかりと力をつけてください。

 そして、現状にある製品に満足せずに、「なぜ使いづらいのだろうか?」「どこが改良できるのか?」を常に考えてください。大学では、そういった疑問に対して徹底的に取り組むことになります。

理学部 コンピュータ科学科 河合 由起子講師

プロフィール

奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科修了。博士(工学)。専攻は情報工学。小学生のころ、兄が作ったコンピュータプログラムを見て、コンピュータが人に合わせて変わり得るということに興味を持つ。以来、研究活動においても「人にとって使いやすいものとは何か」をずっと考えながら取り組んでいるという。プログラムは実際に作ってみてはじめて、不便なところや足りない部分が見えてくるものという考え方で、机上の議論だけではなくプロセスや経験を重視した研究スタイルをとっている。2005年に「FIT(情報科学技術フォーラム)ヤングリサーチャー賞」を受賞。

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