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微積分が導いた宇宙の法則—万有引力の発見は数学の賜物—
理学部 数理科学科 正岡 弘照 教授
リンゴが樹から落ちるのを観て、ニュートンが万有引力の法則を発見した、というエピソードは有名です。しかし、彼の真に偉大なところは、単にリンゴを落とす力を発見しただけではなく、その力を一般化し、リンゴの落ち方も、惑星や彗星の運行も同じ法則を用いて説明したことです。この業績により、古典力学が切り開かれたのです。古典力学は、ニュートン力学とも呼ばれるほど、ニュートンと聞けば物理学者をイメージしますが、ライプニッツとは別々に、微積分法(曲率法)を発明した数学者でもあります。この微積分法の発明が、万有引力の法則の発見へとつながりました。
今日では、ロケットの軌道計算や経済の分析など、幅広い分野に応用されている微積分法。微積分法が万有引力の法則を産み出す過程を、正岡弘照先生に語っていただきました。
リンゴは落ちる?月は落ちない?
物体と物体があれば、ふたつの間には引きつけ合う力が働きます。これが万有引力です。万有というとおり、どのような物体にも働いているのです。リンゴが樹から落ちるのは、リンゴという物体が、地球という物体の引力によって引っ張られているからです。ところで、こんな疑問を持ったことはないでしょうか−「リンゴは地球に向かって落ちるけれど、月は落ちてこないのだろうか?」
もちろん、地球の引力は月に対しても働いています。その力が月をして、地球の周囲を回らせているのです。月が落ちてこないのもリンゴが落ちるのも、同じ法則を用いて説明できることを発見したのが、みなさんご存知のアイザック・ニュートン(Isaac Newton 1642-1727)です。
偉大なる「数学者」ニュートン
ニュートンは「万有引力の発見者」として広く知られていますが、より正しく言い換えるならば、ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler 、計算しやすく細かく切り分けていき、それ1571-1630)が発見した惑星の運行に関する法則などから、数学的に導き出された結論とし て、万有引力の法則を発見したのです。
ケプラーの法則から、万有引力の発見にいたるまでには、多くの数学的証明が積み重ねられていて、その過程のなかでニュートンは微積分法を創造しています。
このことは、観測された現象を、数字(ことば)を使って記述するための、新しい文法(微積分)が作られたとも言えます。これは、新しい言語が作られた、と言ってもいいほどの画期的なことでした。
この業績から考えると、ニュートンは万有引力を発見した物理学者であると同時に、微積分法を発明した偉大な数学者でもあるのです。
速度は距離÷時間ではない?−微分
ニュートンがいかにして微積分法を用いたかを紹介する前に、微積分をまだ習っていない人のために、その考え方を説明しましょう。
まず、微分です。数学の教科書でもよく説明に使われる、速度を用いて考えてみましょう。速度は距離÷時間で定義されます。新幹線で新大阪から東京までの550kmを2時間30分で移動すると、速度は550÷2.5=220km/hとなります。
しかし、現実の新幹線は、途中で駅などに停まったりしますから、ずっと同じ速度で走っているわけではありません。220km/hが表している
のは、新大阪−東京間の速度の平均にすぎないのです。
それでは、ある瞬間の速度−たとえば、新大阪を出発して60分後の速度−はどうやって求めればよいのでしょうか。実は、微分法を用いることで瞬間の速度が求められるのです。
微分法の考え方は次のようになります。新大阪を出発して60分後の新幹線の位置(新大阪からの距離)を205kmだとします。そして、61分後の位置を209kmだとすると、この1分間での平均速度は、=4km/m(240km/h)となります。これを10秒間、1秒間、0.1秒間、と小さくしても計算は同じようにできます。そして、時間の長さを限りなく0に近づけたとき、新大阪を出発して60分後の速度が求められるのです。
速度から移動距離を求める−積分
積分とは微分の逆の操作で、複雑に変化するものを、計算しやすく細かく切り分けていき、それを足し合わせることで、全体像がどんなに複雑であっても計算ができるようにする計算法です。
先ほどの新幹線の例で言うと、各時間の速度が分かっているとき、それを積分すれば移動した距離が分かります。たとえば、60分後から10分間で移動した距離を求める場合、60分後は4km/m、61分後は3.8km/m…69分後は3.5km/mと分かっていれば、求める移動距離は、4+3.8+…+3.5というようにして求められます。しかし、このままでは1分以内の速度変化に対応できません。そこで、微分と同様に、1分ごとから、10秒ごと、1秒ごと、0.1秒ごとと小さくしていきます。そして、切り分ける時間を限りなく 0に近づけたとき、正確な移動距離が求められるのです。
どんなに複雑に速度が変化していても、各時間での速度が分かっていれば、積分法を使うことで移動距離が正確に計算できるのです。
微積分を駆使して宇宙の真理に到達したニュートン
それでは、ニュートンが万有引力の法則を発見するまで、微積分をどのように使ったかを見ていきましょう。
ニュートンは、ケプラーの第2法則から、惑星には常に太陽からの引っ張る力が働いていることを、積分の考え方を用いて証明しました。
ケプラーの第2法則とは「面積速度一定(一定時間に太陽と惑星を結ぶ線が描く軌跡の面積は等しい)」というものです。図で惑星がAにいて、A1の方向へ動こうとしているとします。惑星に外から何の力も加わらなければA1に動きますが、実際にはBへと動きました。描く軌跡はOAが共通なので、面積速度一定を満たすためには、三角形OAA1と三角形OABの高さが同じでなければいけません。そのため、公転する惑星には原点Oに向かう以外の力がかかってはいけないことになります。
そして、AとA1の距離を縮めて、限りなく0に近づけると、実際の公転軌道にあてはまります。積分法の考え方を用いることで、面積速度一定から太陽の引力を示したのです。
また、ニュートンは、惑星がその公転軌道の中心に向かう加速度(速度の瞬間的な変化のこと/速度を微分して求められる)を、微分法を用いて算出し、ケプラーの第3法則と併せることで、引力が距離の2乗に反比例することも導き出します。
惑星の位置ベクトルは、公転半径r、公転周期Tで表される時間tの関数になります。この位置ベクトルを2回微分すると、惑星の加速度が求められ、これは に比例する式になります。この計算結果に、ケプラーの第3法則「惑星の公転周期Tの2乗と公転半径rの3乗は比例する」を当てはめると、 に比例するという結果が得られます。rは惑星から太陽までの距離ですから、太陽が惑星におよぼす引力は、距離の2乗に反比例していると証明されるわけです。
これらの計算結果から、どの惑星も太陽からの引力を受けていて、その力は太陽までの距離の2乗に反比例するという法則が導かれました。この法則は、太陽と惑星だけでなく、惑星とその衛星など、あらゆるものにあてはまりました。
ニュートンが導き出した万有引力の法則は、アルバート・アインシュタイン(Albert Einstein 1879-1955)が登場するまで、物体の運動をもっとも正確に説明する理論として君臨し、現在でも、一定の条件下では十分有用なものです。そして、その理論は数学を駆使することで導き出されたものだったのです。
トピックス
ポテンシャル論ってどんな学問?
ポテンシャルとは力の源を表す物理学の概念で、位置エネルギーの本質部分や電圧の本質部分のことをこう呼びます。その数学的諸性質を研究する学問のことをポテンシャル論 と呼んでいます。
ポテンシャル論が対象とするのは、平面や空間ですが、リーマン面と呼ばれる多様体も含まれます。リーマン面には、球や浮き輪などの表面のようなもの(閉リーマン面)や、図の ようなたこ足のように伸びていく3次元的な図形の表面のようなもの(開リーマン面)があります。
開リーマン面の1点Pに電荷をおいて、たこ足が伸びていった果て(理想境界と呼ばれる)の電位を0にします。このとき、P以外の点で電圧が生じるリーマン面を双曲型、生じないリーマン面を放物型と呼びます。それぞれの面上で1点から出発し分散していくブラウン運動を計算してみると、双曲型では、大部分の粒子は時間が無限に経過していくと、理想境界に到達します。それに対して、放物型では、大部分の粒子は時間が無限に経過していくと、何回も出発した点の近くまで戻ってきます。
もう一人の微積分発見者− ライプニッツ
ニュートンとは別に、異なった視点から微積分法を確立した数学者がいました。それがゴットフリート・ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz 1646-1716)です。両 者はどちらが先に微積分を発見したのかをめぐって熾烈な争いを展開しました。発表はライプニッツが先でしたが、ニュートンが微積分を発見したのは、ライプニッツの発表より10 年ほど前のことでした。
今日、微積分で一般的に用いられているのは、ライプニッツが考案した記号であり、軍配はライプニッツに上がったようにも見えます。しかし、ニュートンは、自分が考案したアイデアを盗まれたのではないかと疑っていたようです。当時の数学者の間で、微積分法の発見が、数学史上の一大事件であったことを物語るエピソードではないでしょうか。
アドバイス
高校生へのメッセージ
中高では、教科書をきちんと勉強することが大切です。数学というのは、厳然たる定義があります。この定義をもとに、きちんと数学の体系が成り立っているわけです。高校までの数学は、残念ながら概念をかいつまんでしか扱っていません。自分の経験からして、定義をもとに、厳密に証明するということがないまま、なんとなく分かったような気になっていたと思います。ですから、大学に入って、数学を本格的に勉強すると、記述法まで違うので、ショックでしたね。
数学というのは、数字を使って世界を記述していくのですが、そのための文法、つまり定義や、微積分法等の法(仕組み)を理解することが、なによりもまず必要です。数学的な考え方の方法論をきっちりと身につけていると、数学の面白さが広がっていきます。
理学部 数理科学科 正岡 弘照教授
- プロフィール
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京都大学理学研究科修了。理学博士。専攻はポテンシャル論。中学生のころから数学に興味があり、高校時代には大学レベルの数学書を愛読していた。そこから数学を研究するために必要な厳密な定義や、物事を分析的に考える姿勢を自然に学び取った。現在は、ポテンシャル論の研究対象である理想境界に関する研究をしている。