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光を自由に操ってみよう!−レーザー光からホログラムまで可能性の広がる分光学の世界−
理学部・物理科学科 谷川 正幸教授
青い空、秋の紅葉、真っ白な雪、これらを私たちに見せてくれる光の働きは、最も身近な物理的な現象の一つといえるでしょう。
その振る舞いや性質、 それによって引き起こされる多くの様々な現象は、 光学、量子力学その他の物理学理論によって明快に説明することができます。
私たちはそれを理解して応用することによって、光を上手に操り生活を豊かにする様々な製品や技術を生み出すことができるのです。物体から出る光のスぺクトルを分析し、その物質の構造を原子や粒子のレべルで理解しようという分光学を足場に“光”に取り組んでいる谷川先生に、光を使った身近な製品や技術、またその未来像について解説してもらいました。
お札も光の力を借りている!?
まちがっても“実験”してもらっては困りますが、今使われている五千円札、一万円札をコピーしても、あのぴかぴか光った部分はきれいに写りません※1。偽造防止のため、ホログラムといわれる印刷ではない特殊な加工が施されているからです。偽造防止には他に特殊なインクを混ぜて印刷する方法などもありますが、受け取った人にも一目でわかるという点からも、このホログラムに勝る方法は今のところないと考えられています。
もっとも、お札に使われているのは平面に型押しをするという一番簡単な方法で、一般的にホログラムといった場合は、もっと複雑で精巧なものを指します。イラスト1・2は、コーヒーカップを例にその仕組みを簡単に説明したものです。ホログラムを作るには、まず一本のレーザー光を二本に分け、それぞれを幅の広い均一なビームにし、一方のレーザー光でコーヒーカップを照らします。次にそこから跳ね返ってきた光に、もう一方のレーザー光を重ねて干渉※2させます。それを超微粒子の感光材が着いた写真乾板に焼き付けると出来上がりです(イラスト1)。次は再生ですが、この写真乾板は、ただ見ているだけでは、何かが映っているようには見えません。しかし、広げたレーザービーム、もしくは太陽光線をある方向から板面に当てると、板面が回折格子※3の役目をして、光の回折※3が起こり、コーヒーカップが浮かび上がって見えるのです(イラスト2)。
このようにホログラムでは、レンズを使わずに撮影しますから、板面に記録されているのは像ではなく、コーヒーカップから出た光そのものです。ホログラムのホロは全体、グラムは記録という意味で、文字通り光そのものを記録するのです。従来の写真と違って、明と暗の情報に加えて光の来る方向の情報も含んでいますから、立体的に見え、しかも見る位置によって違っても見えるわけです。まだまだ実験段階ですが、 観客の見る位置によって映像の見え方の違うホログラム映画(動画)の技術もいくつかの方式がすでに考案されています。また、ホログラムは3次元映像の形で大量の情報を貯めこむことができますから、DVDのような記録装置の容量はこれからまだまだ飛躍的に増えることになりそうです。
光の研究になくてはならないレーザーと、半導体
ホログラムはもちろんですが、私たちにもっと身近なDVDや光ファイバーなどでも、なくてはならない存在がレーザー光です。レーザーは特殊な装置(発振装置)を使って光の向き、波長を人工的に揃えるもので、1960年にアメリカではじめて実用化されました。そもそも光は、そのままの状態では、広がってしまい、一点に収束させることができません。レーザーは、発振装置の中で一方向の光を何度も往復させ定常波※4を作り、その方向が定まった光を極限にまで強めて発射します。そのため光は真っ直ぐに進み、レンズを使えば非常に小さな点にも収束させることができます。現在では光ファイバーの光源、DVDの読み取り、レーザーポインター以外にも、医療現場ではレーザーメス、自動車の加工では板金や溶接に、また精密な測量などにも欠かせないものとなっています。
発振装置に使う材料によって固体レーザー、液体レーザー、ガスレーザー、半導体レーザーなどがあり、それぞれ用途によって使い分けられています。半導体※5というのは電子の動きを外部からコントロールすることができる有用な物質で、コンピュータや携帯電話などに使われる電子部品の材料ですが、中には電気を通すと光るものもあります。LED(発光ダイオード)も半導体レーザーもそのような物質で作られています。
光通信の光源と有機半導体に期待
私たちが日頃研究や実験の対象にしているのは、このようなレーザーや光を出す半導体、またレーザー光を作る際などに必要な光の向きをスイッチする半導体です。実験には主にレーザー光を使い、どんな物質がレーザーに向いているかとか、この物質はレーザーとして使えるかとか、あるいはレーザーや半導体としてもっと効率のよい物質はないのかなどについて調べています。またそのような条件を満たす新しい化合物作りにも挑戦します。
このうち、私がいま最も期待をかけているのが光ファイバーの光源となる半導体レーザーの改良と、プラスチックで半導体の役割を果たすことのできる有機半導体※6の研究・開発です。
光ファイバーは、いまやコンピュータネットワークやCATVの回線のほとんどに使われています。非常に純度の高いガラス管を必要としますが、これについては、日本は世界に誇る技術を持っています。しかし光源となる半導体レーザー(発光ダイオード)については、その材料や加工の方法にまだまだ改良の余地が残されています。
一方の有機半導体は、ディスプレイとして使えば、薄くて軽く、しかも明るい画面が得られることから、壁掛けTV用のディスプレイの最有力候補とされています。すでに携帯電話やゲーム機などの小さなものでは使われていますが、プラスチックですから劣化しやすく、また壊れやすく、しかも熱に弱いという欠点を持っています。TVのディスプレイなどの大きなものとなると、材料段階からの工夫や研究がまだまだ必要です。とくにプラスチックですから、様々な化合物も作りやすく、研究の余地がたくさん残されていてとても楽しみな分野です。もっとも、メーカーではすでに開発競争に入っているようですから、有機半導体で作られたディスプレイがこれまでのプラズマや液晶にとってかわるのもそれほど遠い日のことではないかもしれません。
波であって粒子でもあるという、実に不可思議な存在である光−−−、しかしそれを巧みに操ることで、私たちの生活はますます豊かになっていくのです。
- ※1
- 刑法第16章(通貨偽造の罪)第148条(通貨偽造及び行使等)に「(1)行使の目的で、通用する貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、無期又は3年以上の懲役に処する。(2)偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を行使し、又は行使の目的で人に交付し、若しくは輸入した者も、前項と同様とする」とあって、お札の偽造は堅く禁じられている。なお、現行の紙幣のホログラムは、角度を変えると“桜の模様”、“額面金額”、“日本銀行の日を図案化したマーク”が確認できる。偽造防止対策としては、ホログラム以外にも様々な世界初の技術が駆使されているとのこと。
- ※2
- 干渉:「2つ以上の波が重ね合わさって、ある場所ではつねに強め合い、また、別の場所ではつねに弱め合う現象」(啓林、物理T)。音の場合は“うなり”の原因となり、光の場合は干渉縞という縞模様によって確認される。
- ※3
- 回折・回折格子:回折は「物体の端から入り込み、物体の裏側へも伝わっていく(現象)」(同上)。回折格子は「板ガラスの片面に1 cmあたり数百本以上の細い平行な溝をつけたもの」(同上)で、これに光を当てると、溝の部分は光を乱反射してしまうが、溝と溝のすき間の透明な部分は光を通し、スリットの役割をする・・・多くのスリットからの回折光が干渉し合うため、鋭く明瞭な干渉縞が生じる」(同上)
- ※4
- 「振動するが進まない波」(同上)。二つの波が合成されることによって生まれる。「干渉の一例」でもある。
- ※5
- 電気をよく通す物質を導体、ほとんど通さない物質を不導体、その中間の物質を半導体という。コンピュータ素子として使われる半導体は、「純粋な半導体にごくわずかの不純物を添加」(同上)したもので、電流の流れ方の違うp型半導体とn型半導体とがある。p型とn型を接合すると電流が一方向にしか流れないダイオードを作ることができる。
- ※6
- ふつうプラスチックは電気を通さないが、材料の組み合わせを工夫することで電気や紫外線を通し、なおかつ電気によって光るものを作ることができる。
クローズアップ
どんな授業
卒業研究では、コンピュータを使った光の計測や、ここに紹介したホログラム、半導体レーザー制御装置など、光に関連する機器や装置を製作します。もっとも身近なものでは、指先にクリップのようなものをつけて、血液の中の酸素濃度を計る機器を作ったこともあります。方式はいろいろありますが、研究室ではオレンジ、赤の2色の光を指先に当てて、その跳ね返ってくる光の強さを計り、その結果をコンピュータにつないで計算します。どんな装置の制作でも、電子回路は自分たちで組み立て、プログラムも独自に作りますから、光についてだけでなく、コンピュータについても多くのことが学べます。
アドバイス
卒業したら?
コンピュータが学べることを知って入ってきて、 プログラマーやSEなど情報系へ進む学生が多いが、 光学機器や測定器メーカーへ行く学生もいます。
どんな勉強を?
とにかく数学が大切です。これが解らないと物理は解りません。ただ、“光”で必要な数学の領域は限られていますし、計算もそんなにややこしいものは必要ありません。
たとえば、光の波の性質を計算するために行列をよく使います。行列の計算はめんどうくさいだけというイメージを持っている方が多いのですが、実は行列は一見複雑な計算をシンプルにやってのける手段なのです。
もう一つは複素数。高校の物理では波を三角関数で表しますが、大学では複素数を使って計算します。複素数は抽象的な概念で苦手にする人も多いと思いますが、抽象的に考えるというのは、物理を学ぶ上でも基本です。方法論として身につけておけば将来必ず役に立ちます。もちろん、数学のための数学という閉じた世界だけで勉強していると、やる気が持続しないこともあるかもしれません。先生に聞いたり、インターネットで調べたりして、今やっていることがどういうところで応用できるのかを見通せるようになるとずいぶん違ってくると思います。
それと、教科の勉強には直接関係がありませんが、高校時代には何か一つ、自分が好きで熱中できるものを見つけることが大切です。物理で言えば、星を見るのが好き、物を作るのが好き、といったようなことです。市販の科学キットで遊んでみるのもいいでしょう。簡単なことから始めて、面白そうだったらとことんやってみる、この経験は、大学へ進み、さらに社会へ出てから、おおいにみなさんの力になってくれるはずです。
理学部・物理科学科 谷川 正幸教授
- プロフィール
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中学、高校時代は、ラジオとか電話とか、とにかくいろいろなものを分解しては、それを組み立て直したり改造したりしていた。趣味のアマチュア無線でも、通信よりも装置の改良に夢中になった。必然的に大学では物理学科に入学。 大学生になってもやはり機械いじりがやめられず、当時はやった「マイコン」を使った実験装置を作ったりしていた。自分で英文ワープロを作って改良しながら英文を書いていたのが忘れられない。広島大学附属福山高等学校OB。