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テントウムシからトキまで生物の環境への適応について考えるー希少動物の保護、増殖は21世紀の課題ー
工学部・生物工学科 野村 哲郎教授
テントウムシを追って全国を巡るー、こんな壮大なフィールドワークを手がけられているのが野村 哲郎先生。元々の研究はコンピュータを駆使した独自の方法による家畜の品種改良。近年は同じ方法で希少動物や絶滅危惧種の保護、増殖のプロジェクトにもかかわっておられます。フィールドワークでの最新の研究成果と、幅広い研究をつなぐキーワード、遺伝的な多様性についてお話いただきました。
ナミテントウの温暖化対策
春が過ぎ初夏が近づくにつれて、街中の公園でもテントウムシの姿をよく見かけるようになります。草木の新芽につくアブラムシを食べにやってくるのです。しかし、同じテントウムシでも大きさや背中の模様は様々。それもそのはず、国内には約180種類のテントウムシがいるといわれています。
中でも多いのが、ナナホシテントウとナミテントウの2種類(写真上)。ナミテントウにはさらに、下写真「ナミテントウの斑紋型」のように背中の模様(正式には鞘翅の斑紋)によって4つのタイプが認められます。このような違いは特定の遺伝子の組み合わせによってできるもので、人間のABO型による血液型と同じようなものです。この違いは変異と呼ばれ、これを引き起こすのが遺伝的な多様性です。
ナミテントウのこの変異について、それが気温に影響されているものであるとした注目すべき研究があります※1。二紋型や四紋型は気候の温暖な南のほうに多く、北へ行くに従って紅型が増え、しかも北海道を除けば同じ産地の中でもこの傾向が見られるということが、膨大なデータを基に明らかにされています(図1)。
一般的に動物は北へ行くほど色が白く(明るく)、南へ行くほど黒いというグロージャーの法則というのがありますが、たしかにナミテントウの場合も、二紋型や四紋型は黒い部分が多く、紅型は明るい色をしています。
私たちは現在、この研究の調査地点を追って4つのタイプの分布を調べ、60年前と今との比較を行っています。当時からすると、世界では0.5℃、国内では1〜2℃、平均気温が上昇しているといわれています。だとすれば、これは二紋型や四紋型に有利に働き、紅型には不利に働くはずです。はたして結果は、現在までのところ、どの地点でも60年前の調査に比べて、二紋型や四紋型が増加し、紅型が減少しています。また各産地の二紋型と紅型の分布状況を調べ、緯度との関係を直線で表してみても、その傾き(地理的勾配)は60年前に比べると緩やかになっています(図2)。これは明らかに、温度の変化に対する種としての適応だと考えることができます(コラム左)。もちろん個体の単なる移住なども原因として考えられますから、移住が不可能な佐渡でのデータについても詳細に調べてみました。結果は同じです。つまりナミテントウはその遺伝的な多様性を生かして、地球の温暖化に見事に適応しているというわけです※2。
遺伝的な多様性がなくなると絶滅の危機に
この例からわかるのは、遺伝的な多様性が環境に対する適応を促し、さらには小進化を引き起こさせるものだということです。しかし生物の中には、この大切な遺伝的多様性を失ってしまったものがいます。希少動物、絶滅危惧種の動物などがそれに当たります。個体数が減少した動物は近親交配でしか子孫を残せなくなり、遺伝的な多様性も極端に減少します(専門的な用語では、遺伝的に有効な個体数が少ないといいます)。誰もが知っている動物でいえばチーターやアムールトラ、それにトキなどがこれに当たります。
遺伝的な多様性が少なくなると、環境や気温の変化に対しての適応力は極端に落ちます。また、一つの病気がまたたく間に全体へ感染して、種があっという間に絶滅してしまう恐れさえ出てきます。私たちの計算では、種を維持するのに必要な有効個体数は、種によってもちろん違いはありますが、最低でも50です。絶滅危惧種の保全、繁殖では、残っている個体数や雌雄のバランスを把握しておくことがまず大切ですが、有効な個体数についても必ず調べておかなければならないのです。
絶滅危惧種の保全、増殖がこれからの課題
21世紀は共生の時代です。人と人だけではなく、人と自然、人と動物・植物との共生が求められます。これまで人間が自分の都合で絶滅にまで追いやってしまった動・植物は数えきれません。これからはそれらを保護するだけでなく、少しでも元の姿や状態に戻すことが私たちに課せられた大きな使命です。
私の研究は、はじめ家蓄の品種改良(育種)からスタートしました。目標とする形質を決めたら、何世代もかけて、他の多くの個体が共有できるようにしていくわけです※3。この時拠り所となるのは、対象となる動物のもつ遺伝的な多様性です。現在たくさんの種類の犬がペットとして飼われていますが、これはその先祖であるオオカミが、実に多くの遺伝的な多様性を持っていたからに他なりません。
一方、種の保全、増殖では、数少なくなってきた個体をどう組み合わせれば、少しでも多くの多様性が得られるかを目標とします。考え方や手法の多くは育種と全く共通するものです。また、絶滅危惧種になると、多くは人工飼育に頼らざるを得ない状況になりますから、家畜で培った育種のノウハウは、この面でも大いに役立ちます。
現在私は、新潟でトキの増殖のプロジェクト(新潟大学との共同研究)に関わっています。どういう組み合わせをすれば、遺伝的な多様性が高められ、自然の中で逞しく生きていくことのできるトキが生まれるかを、シミュレーションで求めるのです。将来は海外にも目を向け、あのアムールトラの増殖などにも関わってみたいという大きな夢をもっています。
- ※1
- 動物学、遺伝学の権威といわれた駒井卓博士(1886 年生まれ、元京都大学教授)は、今から60 年も前に全国55 箇所で43 , 415 個体を採集し、4つの斑紋の型の遺伝子型を割り出し、その地理的分布を調べました。図1はそれをまとめて緯度との関係を表したものです。
- ※2
- このように何らかの環境の変化でひとつの種の中での遺伝子構成が変化することを小進化といいます。温暖化の影響で南方系の種の分布が拡大しているという報告はいくつかなされていますが、種内の遺伝子構成が温暖化の影響を受けているという調査研究は、これまで報告例がありません。
- ※3
- 動物の品種改良は植物に比べると、お金も時間も多くかかります。そこでコンピュータを使って何世代も先をシミュレーションするという手法が有効となります。
霜降り肉の将来
国内でたくさん飼育されている動物の中でも、このような危うさをもったものがいます。黒毛和牛(正式には黒毛和種)です。現在国内では数十万頭が飼育されていますが、そのほとんどは人工授精によるものです。その結果、全体の50%近くが、わずか3、4頭の優秀な雄(兵庫県産)の子孫という驚くべき状況が生み出されています。有効な個体数でいうと実に20頭程度。人間に例えると、男女10組のペアの持つ遺伝的な多様性しかもっていないということになります。
かつて和牛は、体の大きさ、肉質など、産地ごとに特徴を持っていました。しかし、牛肉の輸入自由化を機に、安い外国産の肉に対抗して、国産ではオイシサ、いわゆる霜降り肉の追求が徹底されるようになりました。その結果、体はあまり大きくはありませんが、肉質の優れた兵庫県産のものに需要が集中したのです。
こうした状況は、いまのところ問題はありませんが、将来消費者の嗜好が変わり、肉質の転換を図らなければならなくなったりすると、大きな障害になるのではないかと危惧されています。
アドバイス
数学はできるにこしたことはありません。行列やベクトルなど、高校時代には、なぜこんなものをやるのかと私自身疑問に思ったものです。でも大学で専門を学ぶようになった時に、「ああこれはこういうことを研究するのに必要なんだ。勉強しておいてよかった」と気付きました。具体的なものを通してみると数学の見方も変わるんですね。
クローズアップ
どんな授業? 高校時代に学んできて欲しい事は?
専門では、コンピュータを使った品種改良のシミュレーションと、ここに紹介したようなフィールドワーク中心の研究を行います。生物が好きで数学も得意、しかもコンピュータにも興味があるという人にはまずぴったりの学問です。もちろん幅はそうとう広いですから、理論が好きな人はコンピュータを使ってそれをどんどん深めていけばいいし、具体的なことがしてみたいという人にはフィールドワークなどの広い世界が待っています。大学へ入ってから、もしかしたら自分は文系だったかもしれないと感じた人でも、自信を持って十分やっていけると思います。
京都産業大学の生物工学科では、研究テーマの幅がバイオのようなミクロを扱うものから、ここでご紹介したフィールドワークのようなマクロのものまで広がっていて、入ってからでも自分の適性をいかして専攻を選ぶことができます。
専門科目を理解するためには、高校時代、化学、生物のどちらかをIIまで学んできてください。また、先端の研究については英文で書いたものしかありませんから、それを読みこなすための英語の基礎力は欲しいですね。それと、実験データをまとめるための日本語の表現力、あわせて論理的にものを考える習慣も養っておいて欲しいと思います。
工学部・生物工学科 野村 哲郎教授
- プロフィール
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琵琶湖の東、いわゆる湖東地方の豊かな自然に囲まれて少年時代をすごす。生き物は何でも大好きで、魚釣りや昆虫採集に明け暮れる毎日。現在の研究の原点はまさにここにある。今でも休日になると補虫網を持ってあちこちに出没。4月には、あのギフ蝶を捕まえて上機嫌とのこと。
滋賀県立彦根東高等学校OB。