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コンピュータが匠の技を再現するー選針装置制御システムとそのグラフィカルインターフェイスー
工学部・情報通信工学科 黒住 祥祐教授
京都の伝統工芸・西陣織|熟練した職人の手で色とりどりの美しい模様が織り上げられていきます。
京都は伝統ある西陣織に代表されるように、世界最高レベルの織物の産地です。しかし、コンピュータを使った情報化は、この伝統産業においても、いまや欠かせないものとなっています。コンピュータ制御を使えば、一度に何台もの織機で同じ図柄の織物をたくさん、しかも短時間で製品にしていくことができるのです。
この分野でのソフトウェアの研究開発に携わってこられた工学部の黒住 祥祐先生に、開発の経緯や物作りの難しさ・楽しさ、将来の展望をうかがいました。
相性ピッタリの織物とコンピュータ
織物は縦糸と横糸との組み合わせによりできています。基本的には、縦糸を何本かずつ上下させて、その間に横糸を通し、縦横の糸を組み合わせていきます。このとき、横糸に様々な色の付いた糸を使えば、着物や帯、緞どんちょう帳、ネクタイなどのカラフルな模様を織ることができるのです。
このとき、どの縦糸を持ち上げて、どの縦糸を持ち上げないかを指定する必要があります。従来は紋紙と呼ばれる短冊状の厚紙に穴を開けたものを図柄に応じて何枚もつなぎ合わせて、その指定を行ってきました。紋紙の穴のあいた部分だけにヨコ針が入ると、そのヨコ針につながったタテ針に動きが伝わり、さらにタテ針につなげた縦糸が持ち上げられるという仕組みです。これを行う装置は、針を選択するということから選針装置と呼ばれ織機の最上部に備え付けられています。
この紋紙による図柄の指定の仕方は、0と1だけでデータを伝えるコンピュータの原理と非常によく似ています。紋紙を見るとピンと来る人もいるかもしれませんが、紋紙と昔の計算機に使われたパンチカードはそっくりです。コンピュータで紋紙の穴にヨコ針が通る状態は1で、通らない状態は0と置き換えることができます。選針装置の制御にはコンピュータはたいへん相性がよいのです。
どんなシステム?
選針装置の制御システムは、大きく分けて6つのパーツから構成されています。右の図はその概要を図示したものです。
まず、選針装置そのものがあります。基本的な仕組みは先ほど説明した紋紙と同じです。ただ、針を動かすか、動かさないかはデータで指定します。この選針装置にデータを送り、様々な制御を実行するのがソフトウェアの本体です。各種のデータを受け取り、選針装置へと伝える働きをしています。データは、初期ファイル、テーブルファイル、データファイル、メニューファイルからソフトウェア本体に送られます。
初期ファイルには、システムの初期設定が書き込まれています。テーブルファイルは、どの選針装置のどの部分を実際に使うのかなどの管理をします。織物の図案はデータファイルに入っていて、それを変更することで、色々な模様を織るように指示することができます。伝統的な図柄はもちろん、みなさんが自分で考えたオリジナルの絵柄など、どんな図案でも織ることができます。メニューファイルには、操作画面やOSを変更したときに対応するためのデータが保存されています。
実際に物を作ることの難しさと楽しさ
このシステムはコンピュータを使っているとはいえ、扱う対象がヴァーチャルなものではなく、布地を織るという実際に物を作る作業ですから、理論上では考えにくい現実的な課題にも直面しました。
ひとつの例として開発の初期に起こったことをお話しましょう。選針装置とソフトウェア本体との間を転送するデータの量には物理的な限界があります。そのため、1台のコンピュータで複数台の選針装置を同時に制御しようとすると、実際の織るスピードとデータの転送速度が合わずに装置の動作が不揃いとなり、ときには、止まってしまうというバグがありました。
縦糸を正確に選び、一定の速度で持ち上げて、それを何千回、何万回と繰り返していくという作業は、プログラムの上では問題なく実行できるように思えても、現実には予期しないエラーやバグが起こり得るものなのです。最初から完璧を望むよりも、大切なのは、問題が発生したときに直ちに対応する姿勢です。
このケースでは、装置が不安定になり止まってしまう前に、データの流れを監視し、止まりそうになったらそれに対処するようにしました。データ転送が一定量を超えるとシステム自身がそれを検出して、自動的に作業を一時中断し、その後安定した状態で作業を再開するようにしたのです。
このように実際のソフトウェア開発の現場では、必ず出てくる現実の問題に、いかに対応するか、対応した後にどう作業を再開するのか、という観点が必要です。アイデアを出し工夫を凝らし、これらの現実的困難を克服して、実際に動くものが出来上がったときこそ、物作りの本当の楽しさを味わえるのだと思います。
現在、このシステムを改良するために、コンピュータと選針装置との接続形態をLANからUSBという規格に切り替えています。独立したコンピュータ同士の場合はLANでの接続が容易ですが、コンピュータが多数の装置を制御する場合には、USBを使うほうがはるかに速くなります。うまくいけば、1台のコンピュータが制御する装置の数を、現在の8台から一気に100台まで増やすことも夢ではないのです。
小学生が授業で実際に使っている
黒住先生が共同開発した選針装置システムを搭載した織機は、共同開発者の「有限会社にしむら」から京都市立乾隆小学校に寄贈されている。
乾隆小学校は西陣織の産地の中心に立地する学校で、校区内には西陣織を始め、様々な京の伝統産業や文化が色濃く残っている。
同小学校では、課外授業として、実際にこのシステムを稼動させ、体験学習を行っている。3年前から、6年生の卒業制作として幡ばんを織り、卒業式で飾ることにしている。子どもたちは、幡の図柄として、昆虫や花などそれぞれ自分の好きなものを自由に描き、スキャナで取り込んで、それをデータファイルに読み込ませる。自分の描いた絵を織りこんだ“自分たちの幡”の制作は、卒業してもずっと心に残る貴重な経験となっている。
アドバイス
大学入学までに身につけておくこと
高校生のみなさんに大学入学までに学んでおいて欲しいことは、コンピュータの基本的な操作や仕組みについての知識・技術です。特に理工系であれば、コンピュータ内部のハードウェアの構造や、論理回路からできている動作の原理などを理解したうえで、使いこなせるようになっていて欲しいですね。できれば、自分でパソコンを組み立てたり、簡単なプログラムを組めるようになっていてください。
教科の学習では、数学の学習はもちろんのこと、英語にも力を入れて勉強しておくと良いと思います。大学に入って本格的に学び始めると、世界中の資料を集めて目を通すことが多くなります。インターネットを通して世界中の情報が簡単に入手できるようになった今日では、尚更この傾向が強くなっています。
理系だからといって英語の学習の手を抜かずにがんばってください。
工学部・情報通信工学科 黒住 祥祐教授
- プロフィール
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専攻はコンピュータグラフィックス、画像処理、形状処理など。岡山県立操山高等学校OB。大学では当時の最先端の分野となる数理工学科に学ぶ。まだソフトウェアという概念もなかった時代に、これからはプログラムが重要だと感じたのだという。近年はコンピュータグラフィックス、画像処理、形状処理を中心に研究を続ける一方、より具体的な成果を求めて、織物メーカーとの共同研究にも力を入れている。