より速く!より小さく!を目指してーコンピュータを使ってコンピュータを設計するー

工学部・情報通信工学科 井上 訓行教授

 コンピュータの「頭脳」を司るのは、LSI(Large Scale Integration /大規模集積回路)と呼ばれる小さなチップ。1ミリの数万分の1 (サブミクロン)単位の回路が無数に集まってできています。ここまで小さな単位となると人の手で設計することは不可能で、コンピュータの力を借りて設計していきます。情報社会を支えるもっとも基幹となる技術の一端を井上訓行先生と一緒に見てみましょう。

現代のLSI
コンピュータによる設計が行われる以前、この小さなチップと同じ機能を実現するためには、ぺージ下の写真の井上教授が手にしているぐらいの大きさが必要だった。

コンピュータの原理は、たった一つの回路

 現在の形のコンピュータが発明されてから、およそ半世紀が過ぎました。その間、計算速度や扱えるデータの量は飛躍的に増大しましたが、コンピュータが動く原理はほとんど変わっていません。
 コンピュータはさまざまな計算・判断それに記憶と、多様なかたちでデータを扱いますが、どんなデータもコンピュータの中では、0と1だけで表されています。たとえば、回路に電流が流れているときが1、流れていないときが0です。ですから、一見複雑に見えるコンピュータも、実はわずかな種類の「ゲート」と呼ばれる単位から構成されています。
 これらのゲートはさらにたった一種類のゲートにすべて置き換えることができます。それが「NANDゲート」と呼ばれるものです(下図)。たった一種類のゲートの組み合わせでコンピュータの回路ができているというのは、信じられない話かも知れません。しかし、みなさんが使っているコンピュータも、何百万個ものNANDゲートから構成されているのです。

LSIを設計する

 LSIができるまでは、個別のゲートを使い、その間を手作業で配線していました(右下写真/井上教授が持っているもの)。しかし、技術の発達により、ひとつのNANDゲートは1ミリの数万分の1単位にまで小さくなりLSIの中に作られるようになりました(左上写真)。また、ゲートの数も何百万個という単位になり、回路の設計、ゲートの配置、ゲートの間の配線などが、非常に複雑になってしまいました。
 そこで、現在ではコンピュータを使って回路の設計からLSIのレイアウトまでも行うCAD(Computer Aided Design / 計算機援用設計)が主流になっています(下写真)。具体的にはまず、設計者は「コンピュータにどんな機能を持たせたいのか」をHDL(HardwareDescription Language /ハードウェア記述言語)と呼ばれる言語で記述します。次に、その記述を実現するための論理設計をコンピュータが行って回路を作り、LSIに組み込んでいきます。
 ハードウェアとソフトウェアの区別は近年どんどん曖昧になっていて、ハードウェアといえども、プログラム可能な(中身を作り変えられる)ものが現れています。そのため現在では、どこまでをハードウェアで設計して、どこからをソフトウェアで動かすのか、その最適なバランスを決めるのが、難しい問題になっています。このようなハードウェアとソフトウェアの垣根を低くした考え方は「ソフトウェアとハードウェアの協調設計」と呼ばれています。


CAD(計算機援用設計)の画面

実際に設計してみると

 私は日ごろから、工学とは物を作るための学問だと考えています。研究室では4年次に、実際にコンピュータの頭脳であるLSIを設計してもらいます。何かについて学ぶには、それを作ってみることが一番早いのです。
 左図のようなディスプレイで「数字を表示する」という、簡単な機能ひとつをとっても、そのための回路が必要になります。ある数字を表示させるには、どの部分を光らせてどの部分を消すかを決める回路が必要です。「8 」を表示させたいときはすべての部分を光らせます。「0 」のときはdだけ消し、「3 」はbとeだけを消します。これで、0から9までの数字を表示することができます。 それでは、4桁の数字を表示するにはどうしたらいいでしょうか。このディスプレイを4つ並べ、それぞれに今つくった回路を付けても、もちろんかまいません。しかし、同じ回路を4つ別々に付けるのは、回路全体を小さくするためにも、消費電力を小さくするためにもマイナスです。そこで、1つの回路を4回使う方法を考えます。4つのディスプレイのそれぞれを、人間の目では分からないぐらいの速さで交互に切り替えるのです。こうすれば、4つの数字が同時に表示されているように見えるわけです。
 以上はひとつの例ですが、このようにより速く、小さく、省電力化された回路を作る工夫をするなかで、回路設計への理解は一層深まっていくのです。

クローズアップ

デジタル技術で失われるもの

 コンピュータの登場からおよそ半世紀、今ではいろいろな情報の処理が行えるようになり、私たちの生活はとても便利になりました。それに伴って、あらゆるデータをコンピュータで扱えるデジタル形式にする傾向も進んでいます。しかし、ここでひとつの疑問がわいてきます。デジタル化によって失われるものはないのでしょうか? 音楽や映像などをデジタル化する場合、人間の知覚で認識できない部分は省かれています。たとえば、人間の聴覚は2万Hzぐらいの周波数までしか聴き取れないため、4万Hz以上の高音は捨てられています。もちろん、どうせ聴こえないのだから問題はないという意見もあります。しかし、情報の一部が失われているのですから、私たちが物に接するときの気持ちや態度といった、精神的なものが何らかの形で損なわれるかもしれません。このデジタル化の傾向が一層進むことで、果たして人間の感性そのものが変容してしまうようなことがないと言えるのでしょうか。 将来エンジニアを目指そうという人には、特にじっくりと考えてもらいたい問題だと思います。

トピックス

50年後のコンピュータを想像してみる

 コンピュータが発明された当初、役に立つ機械だとわかっていても、現在のような使われ方をすると予測できた人はいなかったのではないでしょうか。誕生したころのコンピュータは、ひとつの部屋を占めるぐらい大きく、高価なもので、大きな組織が持つ装置でした。それが、個人で使えるコンパクトなサイズに変わり、今では携帯電話や家電にも組み込まれる身近なものへと進歩してきました。
 それでは、50年後の未来には、いったいどんなコンピュータが活躍しているのでしょうか?これまでの大きな変遷から、50年先には現在のコンピュータの常識が通用しなくなっていても、決して不思議ではありません。 みなさんも「50年後のコンピュータ」について想像を巡らせてみてください。面白いアイデアが浮かんだら、ぜひとも聞かせてもらいたいですね。

昭和40年代前半のコンピュータ(本学にて)

工学部・情報通信工学科 井上 訓行教授

プロフィール

 大学卒業後、民間企業の開発部門を経て、本学理学部計算機科学科へ。工学部情報通信工学科開設時に移籍。おもに、コンピュータのハードウェア関連の教育・研究に従事。

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