【生命科学部】「ダイコンのオグラ型雄性不稔に関連するorf138mRNAを切断する新規稔性回復遺伝子の同定とその多様性」に関する論文を公表
2024.10.29
背景
雌性器官(めしべ)の生殖能力には異常が認められないものの、ミトコンドリア遺伝子の影響により正常な花粉が形成されない性質を細胞質雄性不稔(CMS)といいます。CMSは150種以上もの高等植物で観察される一方、この性質が核ゲノムに存在する稔性回復遺伝子(Rf)の作用で抑制されることもわかっています。
CMSは多くの作物のF1育種に利用されているので応用面でも多くの研究がなされていますが、ミトコンドリア遺伝子と核遺伝子の直接的な相互作用を研究する格好のモデルとなることから、この性質の基礎研究も盛んに行われています。我々は以前より、アブラナ科のダイコン(Raphanus sativus L.)で発見されたCMSを研究してきましたが、このCMSを引き起こすオグラ型細胞質は、野生のハマダイコンに起源があることを発見しました。また、ミトコンドリアに存在するCMSの原因遺伝子orf138には、SNP等で区別される少なくとも9種類のハプロタイプが存在することもすでに報告しています。一方、最初に同定されたオグラ型CMSに対する稔性回復遺伝子Rfoは、687個のアミノ酸からなるPPRタンパク質(ORF687)をコードしており、orf138のmRNAに特異的に結合し、翻訳を抑制することで花粉形成を回復させることが報告されておりました。
研究成果
その中で我々は、このRfoがorf138のハプロタイプの1つ(タイプH)には効果がないことを見出すとともに、タイプHによるCMSをRfoとは別の機構で抑制する、新しいRf(Rfsと命名)をマップベースドクローニングにより単離しました。このRfsは15個のPPRモチーフを有するPPRタンパク質をコードしており、PPRモチーフを用いてorf138のmRNAへ特異的に結合した後、約50塩基下流で切断します。しかしRfsは、タイプAのorf138については、mRNAの結合領域に生じた塩基置換のために、稔性を回復させる効果を失っていることがわかりました。一方、RfoもRfsもorf138の祖先型と考えられるタイプBに対しては稔性回復の効果を持っていました。これらのことから、ミトコンドリアのCMS原因遺伝子は、塩基置換によって、核ゲノムにすでに存在する稔性回復遺伝子の働きを無効化すること、しかし核ゲノムは、新たな稔性回復遺伝子を生み出して再度CMSを抑制していることが示唆されました。
今後の展望
母性遺伝をするミトコンドリアゲノムにとって、自身を子供に伝えない花粉の形成は、資源の浪費、無駄であり、CMSは好ましい性質であると考えられます。一方、雌性と雄性の両方の配偶子により子供へ伝達される核ゲノムにとっては、自身の子供への伝達の機会が増える(単純に倍になる)ので、正常な花粉が作られる方が好都合です。この事実は、1つの個体の中で、ミトコンドリアゲノムと核ゲノムの間に、花粉を作るか作らないかのコンフリクトが発生していることを示唆しており、我々はそれがCMS vs. 稔性回復という現象に反映されていると捉えています。すなわち、高等植物においてミトコンドリアゲノムに雄性不稔をもたらす遺伝子が出現し、花粉が形成されなくなると、それに対抗するように核ゲノムにRf遺伝子が生じ、花粉形成を正常な状態に戻します。しかし、やがて、ミトコンドリアゲノムの原因遺伝子に、Rf遺伝子の効果を消失させる変異が生じ、また花粉形成ができなくなります。すると、再度、変異型の原因遺伝子の発現を抑えることが可能なRf遺伝子が誕生する、というストーリーで、ミトコンドリアゲノムと核ゲノムの間で、あたかも進化的軍拡競走が繰り広げられているかのような様相が見て取れます。
このことに関して、ダイコンのオグラ型CMSとその稔性回復の系では、orf138の各ハプロタイプやRfo/Rfsなど、この競走を繰り広げている役者がわかっていますので、ミトコンドリアゲノムと核ゲノムの進化的軍拡競走を分子レベルで議論できる稀有の材料といえましょう。今後は雄性不稔遺伝子とRf遺伝子の対応関係をより詳細に調査して、進化的軍拡競走の全体像を明らかにしたいと考えています。
このことに関して、ダイコンのオグラ型CMSとその稔性回復の系では、orf138の各ハプロタイプやRfo/Rfsなど、この競走を繰り広げている役者がわかっていますので、ミトコンドリアゲノムと核ゲノムの進化的軍拡競走を分子レベルで議論できる稀有の材料といえましょう。今後は雄性不稔遺伝子とRf遺伝子の対応関係をより詳細に調査して、進化的軍拡競走の全体像を明らかにしたいと考えています。
論文情報
論文タイトル | Identification and variation of a new restorer of fertility gene that induces cleavage in orf138 mRNA of Ogura male sterility in radish. |
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掲載誌 | 国際科学誌 Theoretical and Applied Genetics (5-year IF=5.0) |
掲載日 | 2024年9月25日 |
著者 | Hiroshi Yamagishi, Ayako Hashimoto, Asumi Fukunaga, Mizuki Takenaka & Toru Terachi |
電子版 URL |
https://link.springer.com/article/10.1007/s00122-024-04736-4 |
- 教員紹介 生命科学部 寺地 徹 教授