新型コロナウイルス感染症の治療薬

コロナ関連コラム 第2回
新型コロナウイルス感染症の治療薬

 

1. 抗ウイルス治療薬とは?

病気の原因になる微生物の増殖を抑える化学物質を、化学療法薬といいます。化学療法薬は、使用の際にヒトに有害な作用(副作用)を起こさないものが求められます。化学療法薬は、対象となる微生物の種類により4つに分類されており、抗菌薬(抗細菌薬)、抗真菌薬、抗原虫薬、そして抗ウイルス薬があります。
ウイルスは、感染した細胞の代謝系を利用して増殖するので、細胞に影響を与えることなく、ウイルスの増殖のみを阻害する治療薬を開発することは困難でした。それでも、研究を積み重ねることにより、今日ではインフルエンザウイルス、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、ヘルペスウイルス(単純ヘルペスウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルスなど)、B型およびC型肝炎ウイルスなどに対する抗ウイルス薬が開発されています。しかし、コロナウイルスに対する抗ウイルス薬は、新型コロナウイルス感染症が流行するまでは開発されていませんでした。

2. コロナウイルスの治療薬

図1:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の増殖サイクルと治療薬の作用部位

新型コロナウイルス(SARS CoV-2)感染症に対する治療薬には、中和抗体薬、抗ウイルス薬、そして抗炎症薬があります(表1)。これらの治療薬は、ウイルスが細胞に感染してから放出されるまでのウイルスの生活環(ライフサイクル)の、ある段階を止めたり、あるいはウイルスが増殖することで引き起こされる「症状」を軽減したりするはたらきがあります(図1)。

図1:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の増殖サイクルと治療薬の作用部位

(a)中和抗体薬

抗体薬は、SARS-CoV2粒子表面に存在するスパイク蛋白質に対する抗体を含んでいます。従って、抗体薬は、ウイルスが宿主細胞表面にある受容体蛋白質に結合するステップを阻害(中和)します(図1(a))。主な治療薬として、カシリビマブ・イムデビマブ、ソトロビマブ、チキサゲビマブ・シルガビマブが日本で認可されています。

(b, c)抗ウイルス薬

抗ウイルス薬は、ウイルスが細胞に感染した後の増殖サイクルの特定の段階を阻害する化学物質です。主な治療薬として、リトナビル、エンシトレルビル、レムデシビルおよびモヌルピラビルが認可されています。リトナビルとエンシトレルビルはウイルスのRNA合成酵素であるRNA依存性RNAポリメーラーゼが成熟する時に使われるプロテアーゼという酵素を阻害します(図1(b))。一方、レムデシビルとモヌルピラビルは、ウイルスRNAの合成を阻害します(図1(c))。

(d, e)抗炎症薬など

SARS CoV-2が感染すると、サイトカイン、ケモカイン、インターフェロンなどの合成が促進されることにより、免疫系の暴走(サイトカインストーム)が起こる場合があります。抗炎症薬は、この炎症を抑えるために使用されます(図1(d))。主な治療薬として、デキサメタゾン、バリシチニブ、トシリズマブなどが認可されています。病態が悪化すると血栓症を起こすことがあるため、その予防のためには抗血液凝固薬(ヘパリン)が使用されます(図1(e))。

表1 新型コロナウイルス治療薬(令和5年4月1日承認済み)

  成分名(販売名) 作用メカニズム
抗体薬(中和抗体薬) カシリビマブ・イムデビマブ(ロナプリーブ) 受容体へのウイルスの結合阻害
ソトロビマブ(ゼビュディ)
チキサゲビマブ・シルガビマブ(エバシェルド)
抗ウイルス薬 リトナビル(パキロビッド) ウイルスの複製阻害(RNA依存性RNAポリメラーゼの成熟に関わるプロテアーゼの阻害)
エンシトレルビル(ゾコーバ)
レムデシビル(ベクルリー) ウイルスの複製阻害(RNA合成阻害)
モヌルピラビル(ラゲブリオ)
抗炎症薬 デキサメタゾン(デカドロン等) 炎症抑制
バリシチニブ(オルミエント)
トシリズマブ(アクテムラ)
抗血液凝固薬 ヘパリン 血液凝固抑制(血栓症予防)

3. 抗ウイルス薬、レムデシビルについて

図2:レムデシビルは身体の中で活性を持つ成分に変換される。
レムデシビルは身体の中で代謝され、レムデシビル三リン酸(RTP)になる。
RTPは、RNAの材料のひとつであるATPと構造が非常に類似している。

SARS CoV-2の抗ウイルス薬の例として、レムデシビル(販売名:ベクルリー点滴静注液)について、作用機序を説明します。レムデシビルは、エボラ出血熱というウイルス感染症の治療薬として開発されたものでしたが、令和2年5月7日にSARS CoV-2の治療薬として特例承認を受けました。レムデシビルは投与されると体の中で代謝されて、レムデシビル三リン酸(RTP)になります(図2)。RTPはアデノシン三リン酸(ATP)と構造がよく似ています(図2)。ATPはウイルスのRNAが合成される際の材料として使われます。

図2:レムデシビルは身体の中で活性を持つ成分に変換される。
レムデシビルは身体の中で代謝され、レムデシビル三リン酸(RTP)になる。 RTPは、RNAの材料のひとつであるATPと構造が非常に類似している。
図3:レムデシビルがSARS-CoV2のRNA合成を阻害するしくみ
レムデシビルの代謝産物であるRTPが合成中のウイルスRNA鎖に
誤って取り込まれると、RNA合成が停止する。

SARS CoV-2のウイルスゲノムは1本鎖のRNAなので、ウイルスはRNAを鋳型としてRNAを合成する酵素(RNA依存性RNAポリメラーゼ)を持っています。この酵素がウイルスのゲノムやmRNAを合成するのですが、ATPの代わりにRTPを間違えて取り込むとRNA合成が止まります(図3)。その結果、ウイルスが増殖できなくなります(図1(b))。これが、レムデシビルがウイルスの増殖サイクルを止めるしくみです。

図3:レムデシビルがSARS-CoV2のRNA合成を阻害するしくみ
レムデシビルの代謝産物であるRTPが合成中のウイルスRNA鎖に誤って取り込まれると、RNA合成が停止する。

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京都産業大学・生命科学部・先端生命科学科の千葉志信です。私が講義を担当する「分子生物学」では、DNAの複製・転写・翻訳などのしくみを分子レベルで学びます。関連する話題として、今回登場したコロナウイルスの生活環や薬の作用機序についても、さらに詳しく解説します。分子生物学を学ぶことで、ウイルスのこと、薬のことなどを、基礎からしっかり理解できるようになります。生命科学の素晴らしさを一人でも多くの人に伝えたいという思いで日々講義をしています。

 
 
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