PBL:新たな学びへの挑戦 生態系の保全活動を通じ、実社会で使える力を身につける

PBL:新たな学びへの挑戦。生態系の保全活動を通じ、実社会で使える力を身につける。

さまざまな学問分野の理解なしには実社会での問題を解決することはできない

—産業生命科学科の特色ある学びのひとつに、西田先生が担当するPBLがあると思います。PBLと聞いてもどのような学びなのか、具体的にイメージできない人もいると思いますので、今日は、PBLの具体的な取り組みについてのお話を伺いたいと思っています。ですが、その前に、実は、西田先生が、大学教員としては異色の経歴を経て生命科学部に赴任したと聞いています。産業生命科学科のコンセプトにも関わることだと思いますので、まずはそのことから教えていただけますか。

分かりました。まず私自身のバックグラウンドからお話ししますと、私は大学院の博士後期課程までずっと生態学の分野で、生物多様性の研究をしていました。しかし、自然科学の研究と社会とのつながりを模索するために、大学院の修了を機に、一度社会に出て研究テーマを考え直すことにしました。当時、社会全体の動きを理解し、実務を経験してみたいと思って就職したのが、政策に関する調査や研究の業務を行うシンクタンク。業務の対象となる分野は、経済や医療、防災などさまざまでした。そこで仕事をしているうちに、もともと研究していた生物多様性と経済を両立させるような政策を実現していきたいと考えるようになりました。

—政策を社会に実装するためには、生命科学だけでは不十分で、生命科学と経済活動を融合したアプローチが必要であると実感されたわけですね。ですが、生物多様性と経済は、関連性をイメージしづらい組み合わせのように思えます。どのようにすれば両立が可能になるのでしょうか。

その方法を模索する中で、海外では「グリーンインフラ」という政策が生まれてきていることを知りました。グリーンインフラとは、自然環境の機能を防災や経済活性化につなげ、社会を支えるインフラとして活用しようという考え方です。こうした政策を日本でも根付かせていきたいと思い、さまざまな活動に関わってきました。そして、日本でもグリーンインフラを政策として推進する動きが出てきたものの、実践例はなかなか生まれてきませんでした。それならば自分でも事例を作ることに貢献したい、グリーンインフラの担い手となる人と一緒に学びたいと思い、今こうして京都産業大学で教育・研究に携わっています。

—理系の大学教員というと、アカデミックな分野で研究業績をあげることでキャリアを築くというパターンが多いと思いますが、西田先生の場合、生命科学の枠にとらわれない形で実務をこなしてこられた経験と実績が、生命科学部の産業生命科学科のコンセプトと合致したのですね。ところで、西田先生は、PBLの授業で「宝が池の生態系管理に必要な取り組みを考える」というプロジェクトに取り組んだと聞きました。先生のこれまでのバックグラウンドが、PBLの授業運営にも生かされているのでしょうか。

そうですね。プロジェクトの協力先である公財)京都市都市緑化協会が管理にかかわる宝が池公園子どもの楽園は、子供を中心に親子から多世代までの幅広い方々に利用され、また豊かな自然環境を活用した環境教育や環境保全活動に力を入れている団体がおられます。地域の社会課題の解決を目指すには、京都市都市緑化協会をはじめ、様々な関係者とも連携しながら進める必要があります。現実の社会で起こっている社会課題を解決するためには、生命科学の知識は大きな武器になりますが、それだけでは不十分です。ときには社会科学的なアプローチも組み合わせ、アイデアを出し、説得力のある企画をつくり、多様な人と一緒に実行する力が求められます。主体的に行動する力や伝える力も必要です。その経験が学生の将来に繋がる大きな学びになると考えています。
産業生命科学科で導入されたPBLは、理系学部で従来から行われていた講義や実習といった授業の形式とは異なる新しい学びのスタイルです。解決すべき問題がまず初めにある点が特徴的で、その問題を解決するために、必要なことはすべて自ら学ぶ必要があります。さまざまな学問分野への理解も重要で、それを抜きにして実際にある複雑な社会課題を解決することはできません。

学生のアイデアが形になる

—PBLの活動について、具体的な内容をお聞きしたいと思います。課題解決がPBLの特徴ですが、宝ヶ池公園はどのような社会課題を抱えておられたのでしょうか。

一番は、シカが増え過ぎていること。特定の生き物がどんどん増えて生態系のバランスが崩れると、いろんな問題が起きてきます。たとえば食害。シカは口の届く範囲にある草木などを全部食べてしまいます。すると土壌の保水力が下がり、大雨が降った際に土砂災害や洪水が起きやすくなってしまいます。その他、シカが食べた木が倒れてきてケガをするといったことも考えられるでしょう。このように、シカが増えると防災・安全面でさまざまな問題があるのですが、一方で公園の利用者にとっては、シカはかわいいマスコットのような存在と捉えられることもあります。シカを好意的に見ている利用者に対して、どのように実態を伝えていくのか。それが宝ヶ池公園の抱えている社会課題で、PBLのテーマでもあります。

—確かに、公園などでシカに出会えると嬉しくはなりますが、土砂災害や洪水のリスクと関連してシカの存在を捉えたことはありませんでした。生態系を守り、災害リスクを下げるためには、まず第一歩として、現状を知ってもらう必要があるわけですね。では実際に、公園の利用者の方々にシカ問題の実態を伝える方法として、学生たちからはどのようなアイデアが出てきたのでしょうか。

様々なアイデアが出ました。その中で、授業期間中に実現に至ったのは「フィールドビンゴ大会」という企画です。フィールドビンゴとは、ビンゴのマス目に書かれているアイテムを、自分で歩き回って探し出していくゲーム。「シカが食べたあと」「虫が好きそうな葉っぱ」「シカが食べなさそうなもの」などを集めてもらうことで、生態系を意識して考えるきっかけにしようというアイデアです。ただ、実際に目で見て経験するので、とても印象に残るものとなっています。事前知識がなく、生物にあまり興味のない子どもたちでも自由な発想で楽しめるところもポイントでした。
フィールドビンゴに参加した子どもたちには、参加前と後で、それぞれシカに関するクイズに答えてもらったのですが、フィールドビンゴを体験した後で、正答率が大きく高まりました。楽しんでもらいながら、シカの問題に関する知識を伝えることに成功したと言えると思います。

—学生のアイデアが、実際の現場でひとつの課題解決に繋がったのですね。

関係者の協力の下でしたが、授業期間の中で、課題解決につながるきっかけを得ることができました。シカ被害の抑制といった、実際の課題解決にまでは至っていないですが、自ら考えて課題解決の一助となるアプローチを実施できたことは良かったと思います。今後、授業や活動がきっかけになり、地域の社会課題の解決や生態系管理に、学生が積極的に参加することを期待しています。

PBLでの実践的な学びが学生を大きく成長させる

—企画は学生たち自身で考え、進めていったのでしょうか。

はい。ただ、教員から企画の提案方法や、合意形成の進め方については、情報提供しています。また、京都市都市緑化協会の担当者にも、現場の課題の説明や解決策についてアドバイスをもらっています。ですが、地域の課題を選び、企画内容を決めて実践していくのは学生たち自身です。今年も、わずか3ヶ月の限られた授業期間の中で、課題把握から企画提案、さらには実践と、とても頑張ってくれたと思います。授業時間以外でも自主的にフィールド調査に行ってビンゴのネタを探したり、事前に会場を確認したり、ビンゴ大会に向けたさまざまな準備をしていました。

—自ら企画を発案し、学外の関係者の方々と連携しながらプロジェクトを進めていくPBLは、従来型の授業である講義や実習とはまた異なる、さまざまな学びの機会があることがよく分かりました。このPBLでの学びを通じて、学生たちの変化や成長は感じましたか。

挑戦する前と後では全然違います。まず社会課題に対して関心を持ってくれるようになりますし、そうした社会課題を自分たちで取り組んだ経験から、主体的な行動力が養われると思います。チームの仲間と議論しながらアイデアを深め、自分達の企画を実践し、大学の外の関係者からフィードバックをもらう。この一連のプロセスを経験したことは、その後の研究や就職活動、仕事などあらゆる場面で生きてくるはずです。実際に、就職活動の選考でPBLにおける社会課題の解決の経験をアピールしたという声はよく聞きます。


※PBLとは、Project Based Learningの頭文字をとったものであり、課題解決型学習と呼ばれています。提示された課題を解きながら、自分に必要な知識や技術を学ぶ学習方法であり、主体性や行動力が身につくとされています。

高校生へのメッセージ

—PBLは、実社会で活躍できる人材を育てるのにも一役買っているようですね。では最後に、高校生に向けてメッセージをお願いいたします。

生命科学の知見を生かした地域づくり、社会課題解決は、医療や環境保全、食農などさまざまな分野で求められています。そして、それを実現に導くためには、生命科学の知識を持つと同時に、社会をよく理解した上で解決策を提示できる分野融合型の人材が必要です。産業生命科学科は、そんな人材になるための学びを得られる絶好の環境がありますので、生命科学と社会をつなぐことに少しでも興味がある方は、ぜひ入学していただきたいと思います。

 
PAGE TOP