PBLが生み出した 生命科学と歴史の意外な出会い
PBLが生み出した生命科学と歴史の意外な出会い
生命科学の枠を超えた発想で公園の利用促進を目指す
—産業生命科学科では、PBL(Project-Based Learning)と呼ばれる課題解決型授業を取り入れています。今回は、「生命科学PBL2」において公園の利用促進プロジェクトに携わっている三瓶先生に、その詳細やPBLの特徴などをお話しいただきたいと思います。まずは自己紹介も兼ねてご自身の研究についてお聞かせいただけますか。
私は、持続可能な地域づくりについて、里山や都市・農村地域を対象に研究しています。研究では、生命科学の知識も踏まえたフィールドワークを行っています。私たちの生活は、さまざまな生物資源を使うことで成り立っています。その持続可能性を考えるうえで、生命科学の知見は欠かせません。例えば、公園や池に生息する生物は、一見在来種に見えても遺伝子を調べると外来種が交雑していることがあると分かってきています。生物多様性を保全するにあたり、フィールドでの調査だけでなく、遺伝子解析など生命科学の視点からも分析することが大事になります。
—環境や生態と社会との繋がりを考える上で「持続可能」というワードがとても重要なのですね。そのようなバックグラウンドをお持ちの三瓶先生は、生命科学部では、PBLという新しいスタイルの授業に取り組んでおられます。まず、PBLとはどのようなものか教えていただけますか。
PBLは、Project-Based Learningの略です。大きな特徴としては、初めに解決すべき課題が提示されるという点が挙げられます。そして、課題を解決するために必要なことを考え、実行していきます。その課題解決の過程で、様々な学びを得るのです。従来型の学習法は、まず基礎的な知識を身につけ、最後にそれを用いて問題を解決する、という流れですので、順番が逆になります。
産業生命科学科で行われている「生命科学PBL2」では、実社会で起きている問題を取り上げ、生命科学の知識をベースに解決を試みます。ですが、そうした社会課題には答えが用意されていません。生命科学の知識だけで解決できるとも限らないので、学生は様々な観点から問題に取り組み、アイデアを出し合い、地域で働いている人達と連携しながら行動しなくてはいけません。必然的に、生命科学の枠を超えたアプローチも必要になり、社会との関わりも求められます。知識や技術を体系的に学ぶことのできる講義や実習はもちろん重要なのですが、そこにPBLという新たな教育のアプローチを組み合わせることで、従来型の学習法では得られなかった学びや、より実践的なスキルを身につけられます。
—今回、PBLでは国営平城宮跡歴史公園の利用活性化に学生とともに取り組んだとのことですが、このプロジェクトの概要を教えてください。
奈良県にある国営平城宮跡歴史公園では、新型コロナウィルスの感染拡大による来園者数の減少が大きな課題でした。感染症などに知見があり、なおかつ地域活性化に取り組む私たちにコロナ対策と利用促進を両立する方策を考えてもらえないかというところからプロジェクトがスタートしました。現状分析から、企画立案、公園とのやり取りや当日のイベント運営まで、学生が主導で進めました。奈良時代の貴族が着用していた天平衣装を主軸に置き、企画したコンテンツは二つです。2021年12月には、天平衣装を身にまとった学生がお茶やスイーツなどを振る舞う天平衣装喫茶を実施しました。喫茶ではオリジナルのメニューとして、地域でとれた規格外品の柿を使ったスイーツを提供しました。また、来園者が葉っぱのカードに10年後の地球の理想の姿を記入し、一つの大きな木をつくる企画なども行い、参加型のイベントで来園者の定着を目指しました。二つ目のコンテンツとして、2022年8月に奈良時代に流行った天然痘を新型コロナウィルスに重ね合わせた天平衣装ドラマが公開。こちらも脚本から撮影、編集、SNS広報まで、すべて学生が手がけました。
—生命科学と奈良の歴史は、普通はあまり結びつかないものだと思いますが、現実の課題と向き合ったときに、異分野が融合し、このようなユニークなアイデアが生まれたのですね。
そのとおりです。どちらの企画も、食糧問題やウイルス感染など、生命科学がベースにあります。ですが、生命科学の枠組みに囚われない学生の柔軟な発想から、私の想像が追いつかないような企画がたくさん生まれました。
社会科学とロジカル思考の結びつきが理系学生の可能性を広げる
—天平衣装喫茶やドラマ制作など、一見突飛に見えるアイデアですが、これらはどのような発想で生まれたのでしょうか。
—想像を超えるユニークなアイデアの数々は、経営学的な手法で現状を客観的に分析した上で発想されたのですね。とても驚きました。同時に、このような社会科学的な方法論は、従来型の理系の授業では触れる機会がないと思うので、まさに産業生命科学科らしい先駆的な取り組みとも言えそうですね。
実際にやってみると、このような社会科学的な手法を駆使して現状を客観視し、それにもとづいてロジカルに思考することは、理系学生とも相性がよいように感じました。
—興味深いお話ですね。もしかすると、社会科学的な手法を理系学生が身につけることで、理系学生の強みをより伸ばすことができるのかも知れません。新たな人材育成の可能性を垣間見た気がします。ところで、学生と関わる上で、先生が気をつけておられることはありますか。
否定しないことと意見を汲み取ることです。アイデアを出す段階では、学生らしく柔軟な発想で多様な意見が出ます。中には、突飛なものや実現が難しそうなものもあります。ただ、そこで否定から入るのではなく、一度受け入れ、実現に向けて議論を行います。そうすると、私が考えていなかった方向で実現が可能になったりもするのです。否定して芽を潰してしまうのではなく、育てることを意識していました。また、すべてのアイデアを実現することは難しいですが、できるだけ汲み取るようにしていました。例えば、木簡に絡めたアイデアを出していたメンバーがいましたが、企画の骨子は違った方向性になりました。そこで、喫茶のメニュー表に木簡を活用することに。主軸となった喫茶やドラマのエッセンスとして、学生の豊富なアイデアが生きるようにしていました。
「失敗」が伸びるための肥やし。実践を通して社会人基礎力を習得
—学生が主体的に企画や準備をするという経験は、それぞれを大きく成長させると思います。先生ご自身は、このプロジェクトを通して、学生にどのような成長を期待していますか。
社会人基礎力を身につけてほしいと思っています。社会人基礎力とは「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで協働する力」です。公園側の方々とのメールでのやり取りなど、学生にとっては初めての経験ばかりだったでしょう。時には失敗することもありましたし、メンバー同士の意見の衝突もありました。ただ、そうした一つ一つのつまずきが、個々を成長に導いてくれていたと思います。また、正しさは人の数だけあるということを学生に知ってもらいたいと思っています。例えば有機農法は、消費者から見ると環境に優しく素晴らしい取り組みに感じますが、農家の視点に立てば、手間が増えて収量が減るなど苦労する側面も大きいのです。このような立場による意見や気持ちの違いに敏感になり、受け止めることの大切さを常に伝えるようにしていました。
またPBLでは、多面的に取り組みを展開しますので、個々の学生の才能が思わぬ形でプロジェクトに生かされることがあります。イラストや写真などの表現力、連携先との交渉力など、座学だけではわからなかった学生達の予期せぬ才能を発掘できるのは、PBLならではの素晴らしい点ですし、その経験は、学生にとっても大きな自信に繋がったと思います。
用語解説
SWOT分析とは
企業や事業の現状を分析したり経営戦略を考える際に使用されるフレームワーク。
「強み(Strength)」、「弱み(Weakness)」、「機会(Opportunity)」、「脅威(Threat)」の4項目に整理して分析することから、それぞれの頭文字をとってSWOT分析と呼ばれる。
シックスハット法とは
あるテーマ、課題、問題に対して6つの視点から考える思考法。
6色の帽子を順にかぶるイメージで、各色に込められた特定の視点から発言していくことで多様な視点から物事を見たり、思考を切り替えて発想をすることを促す。
参加者全員が同一の視点から発想を行うため、問題解決法を導き出したり意思決定をする上で有効なツールともいわれている。
高校生の方へメッセージ
私は高校生の頃、理系科目が好きで勉強をしていましたが、得意なのは文系科目で、当時の先生からは文系へ転向することも薦められて悩んでいた時期がありました。実際の学問分野は、理系と文系、はっきり区切られているものばかりではなく、両方の視点・学びが求められる分野もあります。京都産業大学生命科学部でも多様な学び方を受け入れており、特に、産業生命科学科では文系受験も実施しています。受験する大学は、成績や偏差値などで決めることも多いと思いますが、まずは自分の中の「好き」と向き合い、やってみたいことができる、見てみたいものが見られる道を探してみてください。