ジェンダー平等の進む台湾 2024.06.20

蔡英文総統

2024年5月20日、台湾初の女性総統(大統領)として2016年から2期8年間その地位にあった蔡英文総統(民進党)が退任した。アメリカのコーネル大学で修士号を、イギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で博士号を取得し、「英文」の名に恥じない流暢な英語で欧米メディアのインタビューに応じる彼女は、国際的にも存在感のある女性リーダーであった。在任中の2020年には米誌TIMEの「世界で最も影響力のある100人」の1人に選ばれ ※1、また2023年には米誌Forbesの「世界で最も影響力がある女性100人」で30位に選ばれている ※2

アメリカでの高い評価

蔡英文がアメリカで高い評価を得た理由は2つ考えられる。
ひとつは、常に中国からの「統一」の圧力にさらされている台湾のトップとして、注意深くかつ毅然とした態度でありつづけた女性であったことである。TIMEの記事は、世界最大の共産主義政権である中国が台湾に圧力をかけてきても、「この自らしっかりと歩んできた女性はそれに抵抗する決意を固めている。彼女は屈しないのだ」と称賛している。 
もうひとつは、彼女が欧米と共通する価値観を持っている点である。たとえばForbesの蔡英文の紹介文では、彼女がアメリカとの関係を深め(そのために中国との緊張関係はさらに深刻になったが)、経済をバイオテクノロジーやグリーンエネルギーの推進などで活性化させ、「台湾を世界の不可欠な一員」にすると宣言したとされている。
このように、世界のほとんどの国から国家として認められていない台湾の不安定な状況で、中国に屈せず、かつ欧米に歩み寄る姿勢をみせながら台湾の舵取りを進めてきたリーダーであり、さらに付け加えるならば、アジアでは数少ない女性リーダーであった点が、アメリカにおける蔡英文への関心と評価につながっていると言えるだろう。

縁故のない女性政治家

蔡英文以外にも、第二次世界大戦後のアジアで女性が政府のトップとなった例はほかにも存在する。しかし、蔡英文を除けば、ほぼすべてが有力政治指導者の娘や妻など、なんらかの血縁関係があった。たとえば、1984年に暗殺されたインドのインディラ・ガンジーは、インドの初代首相を務めたネルーの娘だったし、韓国初の女性大統領となった朴槿恵(パク・クネ)は、韓国の高度成長を主導した朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領の娘であった。フィリピンのコラソン・アキノ元大統領は、1983年に夫のベニグノ・アキノが暗殺されたあと政界入りした。
蔡英文は、政治家一家に生まれ育ったわけではない。また、Forbesに紹介されていたように、彼女は「台湾初の女性リーダー」かつ、「初の独身総統」であった。アジアの女性リーダーとしては、血縁のバックグラウンドを持たない点で特異な存在であったといえよう。

台湾女性の政治参画

それでは、なぜ蔡英文は台湾の総統になりえたのだろうか。彼女個人の資質と努力以外に、その背景として、台湾の女性の政治参画が全体的に進んでいること、台湾の社会制度においてもジェンダー平等が進んでいることが指摘できる。
台湾における女性の政治参画促進に、特に有効だったとされているのが、「クオータ制」の導入である ※3。クオータ制とは、議会の議席のうち一定数を女性に割り当てる制度で、台湾では1990年代から促進された。現在、台湾の地方議会では選挙区ごとに4つの議席のうち1つは女性でなくてはならない。立法院(国会にあたる)では比例代表で選出される34議席について、女性が各党が獲得した議席数の2分の1を下回ってはならないとされている。このような取り組みの結果、女性議員の割合は地方でも中央でも大きく増えた。2024年1月に行われた立法院選挙では、113議席のうち47議席を女性が占め、全体の4割を超えた。クオータ制で議席を割り当てられなくても得票数で当選する女性議員も増加している。
台湾の社会制度は、アジアの中でもジェンダー平等が非常に進んでいるとされる。経済協力開発機構(OECD)が発表した2023年度版の「社会制度とジェンダー指数(SIGI)」では、台湾のスコアは9.2でアジアではトップである。台湾がOECDの調査対象となったのは今回が初めてで、国家として認められていない状況を反映して、「Chinese Taipei」と表記されている。SIGIは、差別的な社会制度を測定する国際指標で、家庭生活、身体、経済活動、公的生活の4つの領域からなる。スコアの範囲は0 から 100 で、数値が低いほど平等に近い状態であることを示す。187の調査対象のうちSIGIの数値が算出されている142の国・地域についてみてみると、そのトップはノルウェー(6.7)、ついでベルギー(7.4)、スウェーデン(8.8)、アルバニア(8.9)、スペイン(9)、そして9.2の台湾はイタリアと並んで6番目である ※4。142の国・地域の平均スコアを計算すると29.3であるから、台湾がいかに高く評価されているかがわかる。当然アジアではトップである(ちなみに日本のスコアは32.9で93位であった)。
 このような台湾社会の状況をみると、蔡英文前総統は決して1人だけ特殊な存在だったわけではなく、むしろこれまでの台湾のジェンダー平等への努力の結果、誕生すべくして生まれた女性総統であったと言えるだろう。

今後の台湾は?

蔡英文の退任後、蔡英文政権で副総統を務めていた頼清徳が新総統となった。今度は男性の総統であるが、その副総統は女性の蕭美琴である。女性の副総統は、2000年に副総統となった呂秀蓮についで二人目となる。蕭美琴副総統は、台湾人の父と米国人の母をもち、昨年まで台湾の駐米代表を務めていた。蔡英文前総統とも親しい彼女は、副総統として今後どのような成果をあげていくのだろうか。また台湾のジェンダー状況はどのように進展していくのだろうか。注目していきたい。


  1. Cruz, Ted. (2020) “The 100 Most Influential People of 2020: Tsai Ing-wen.” TIME, September 22.
  2. Forbes. (2023) "The World’s Most Powerful Women: 2023," December 5.
  3. そもそも台湾の憲法(1947年1月1日に施行された中華民国憲法)の第134条に「各種選挙においては、婦女の当選者定数を規定しなければならない。その方法は、法律を以て定める」という条文があったことも重要である。訳文は台北駐日経済文化代表処「中華民国の憲法」(2015年9月1日)
  4. OECD. (2023) SIGI 2023 Global Report: Gender Equality in Times of Crisis, July 18 (Viewed on 12 June 2024)

須藤 瑞代 准教授

中国近現代史、東アジア国際関係論

PAGE TOP