イスラエル・イランの対立をめぐって  2024.05.27

軍事衝突と戦争の間に

最近のイスラエルとイランの対立で、最悪のシナリオは、全面戦争までエスカレートすることだろう。危険な兆候はあるが、奇妙なところもある。事の始まりは、今年の4月1日に、イスラエルによる駐シリア・イラン大使館攻撃で、イラン革命防衛隊の複数の指導者が殺害され、これに対し、イランがイスラエル領にドローンやミサイルで反撃したことだった。イランからイスラエルへの直接攻撃が初めてであったこともあり、戦争の可能性が危惧された。

軍事的には、イランが世界17位、イスラエルが18位と拮抗している(グローバル・ファイヤーパワー2023のpowerindex比較)。さらにイスラエルは中東唯一の核保有国である一方、イランも核開発能力と実戦的なミサイル技術を有する国であるため、戦争ということになると周辺や国際社会への負の影響が懸念される。

では、何が「奇妙」なのか。イラン側はイスラエルへの攻撃は、同国による駐イラン大使館攻撃に関わった軍事拠点に限定し、これで軍事作戦は終了すると表明した。これに対してイスラエル側は懸念されていた報復(イスファハン近郊への攻撃)を行ったが、イランは報復攻撃の被害を過大に問題視しないかのような対応を示していることである。お互いにこれ以上のエスカレーションを避けるかのように見える。

国内事情と対外関係

報道では衝突の背景として、両国の国内事情に言及するものが多い。確かに両国の現政権はそれぞれに少なからぬ問題を抱えている。イスラエルのネタニヤフ政権は、汚職問題や経済政策そしてガザ対策で批判にさらされている。イランのライシ政権は、近年の経済低迷や女性の人権問題をめぐる対立、それ以上にイスラーム指導部に対する市民の不信感の高まりという爆弾を抱えている。

しかし、対外強硬策で国内問題から目をそらすことのリスクはないのだろうか?イスラエルのガザ政策の混乱は、対外関係の国内政治利用の難しさを示しているし、経済を圧迫している。イランがイスラエルとの関係を過度に政治利用することは、かえって批判的な反政府運動や民主化運動を刺激し、「イランの春」を誘発する可能性もある。

ここで、両国とアラブ諸国の関係にも注目する必要がある。イスラエルは1948年以降、アラブ諸国と4度の中東戦争を戦い、イランは1980年代にイラン・イラク戦争とアラブ諸国との断交を経験している。アラブ諸国の結束が緩むと、イスラエルはエジプトと和平条約を結び、アラブの団結にくさびを打ち込み、「穏健派」アラブとの協力関係を広げ、「急進派」に対しては強硬策をとってきた。イランはアラブ諸国内のイスラーム政治組織を通して影響力拡大を図ってきた。それぞれに、域内でいわば反テロ親米ユダヤ国家、反帝イスラーム革命国家としてのプレゼンスを維持することを至上命題としてきた。

複雑なパズル

最後に最近のアラブの動向をみておこう。とくに、2015年のサルマーン国王の即位以降、対外的に際だった動きを見せているのがサウジアラビアである。イスラエルは、1978年のキャンプ・デービッド合意以降、敵対的なアラブ諸国の結束にくさびを打ち込むことに成功した。しかし「穏健派」とされるものの、メッカ・メディナ「二聖都の保護者」としてイスラーム諸国の盟主を自認するサウジアラビアとの接近には困難が伴った。それでもネタニヤフ首相は、サウジアラビアのイランへの警戒や米との友好関係を利用して、2020年11月にサウジアラビア首脳との(秘密)直接対話にこぎつけたのである。UAEやバハレーンのイスラエルとの国交樹立は、このような流れが影響していると考えられる。

ところが、今年3月の中国によるイランとの調停を通して、急速にイランとサウジアラビアが接近すると、両国の代理紛争の様相を呈しているイエメンやシリアにおける戦闘の停止など、顕著な変化が見られた。サウジアラビアは、湾岸で最大の親米国家としての立場を捨てたわけではないが、外交や経済の新たな選択肢を増やす意味からも中国の調停に乗り、域内関係の安定を求めるイランとの対話に応じたものと考えられる。イランとイスラエルの対立を理解するには、アラブ地域の構造変動と連動した中東域内政治と大国の動静をも視野に入れたパズルを解くようなところがある。

ここにきて、5月21日、ヘリコプターの事故でイランのライシ大統領が死亡し、同じタイミングでネタニヤフ首相には(ハマス幹部とともに)ICCから逮捕状が請求されるというニュースが飛び込んできた。戦争への道は少し遠のいたかもしれないが、中東政治の新たなパズルはより複雑なものになった。

北澤 義之教授

中東地域研究・国際関係論(ナショナリズム)

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