アメリカをめぐる最近の内外情勢とその影響 —大統領選挙まで半年を迎えてー 2024.5.31

選挙の年

2024年は、世界の多くの国で国政選挙が実施される「選挙の年」である。各国の指導者は、選挙結果を受けて内政基盤を固めつつ、新たな政策方針を掲げて国際政治に向き合いつつある。なかでも、来たるべき11月のアメリカ大統領選挙は、世界が注目する今年最大のイベントである。現時点でバイデン・トランプ両候補の当落を予測するにはあまりに不確定要素が多く、いずれの候補が当選するかを断言するのは容易ではない。よって、全てを扱うことはできないが、ここでは、最近のアメリカをめぐる内外情勢とその大統領選への影響について、瞥見してみたい。

内政:インフレ・不法移民・中絶問題・若年層

まず、大統領選挙で最大の争点となるのは、伝統的に経済であることは多言を要しない。コロナ対策で膨れ上がった財政赤字の削減や高止まりした政策金利の正常化を、急激な景気後退を招くことなく達成することは、至難の業である。日々のインフレに苦しむ有権者の支持を得るには、投票日まで残された時間は限られている。不法移民問題は、トランプ政権時代よりもバイデン政権下でむしろ悪化し、中南米経由の越境移民への対策強化が進んでいるが、流入の試みは後を絶たない。中絶問題については、2022年6月に最高裁が「ロー対ウェイド判決」(1973年に最高裁が人工妊娠中絶を認めた判決)を覆したことで、14州で中絶が禁止される事態となっている。民主党は、女性票を視野に入れて、この問題を争点化する方向とみられている。さらに、いわゆる「Z世代」に代表される若年層の投票行動は予測しがたい。奨学金返還免除などの政府支援といった純粋な経済政策にとどまらず、若年層は環境問題や社会問題への関心が高く、これらを政権選択の評価基準と位置づけている。有権者に占める割合が年々増大しつつある若年層の動向は無視できないであろう。

外交:ウクライナ問題・米中関係・イスラエル

対外関係については、ウクライナ問題と米中関係が主要な争点と見られてきたが、2023年10月のハマスによるイスラエル奇襲攻撃によって、現状では争点がより複雑化しつつある。まず、ウクライナ戦争では、軍事支援のための緊急予算案が連邦議会下院による承認遅延により滞った。最終的には、超党派での可決となったが、無条件での支援に消極的な共和党一派の反対により、支援の一部は借款扱いとなった。そのため、ウクライナが東部戦線で劣勢を強いられ、緩衝地帯確保を目的としたロシアの反転攻勢が続いている。一方、米中関係をめぐっては、民主党と共和党の間には、中国を最大の脅威とみなすという超党派の合意がある。ただ、トランプ政権が「ディール」に代表されるバイラテラル・アプローチを採用したのに対し、バイデン政権は同盟網に立脚したマルチラテラル・アプローチを駆使するなど、対中政策では手法の違いが見られる。直近では、中・露・北朝鮮の接近という新たな難題への対処が求められている。そして、イスラエル問題では、イスラエルの軍事侵攻によるガザ地区の民間人犠牲者が増大するなか、政府の中東政策を批判する学生デモが全米各地の大学で頻発するなど、新たな局面を迎えている。ウクライナ問題・米中関係とは異なるアラブ=イスラエル間の対立という別のロジックが加わったことで、国際主義を標榜する民主党バイデン政権は苦境に立たされている。

恒常的な分断か、転換期となる好機か?

私事ではあるが、学部の講義授業で最初に扱う「建国期のアメリカ外交」では、F・ギルバートの名著に即しながら、例年初代大統領ジョージ・ワシントンの「告別の辞」について紹介するのを常としている。ワシントンは、建国期のアメリカを「幼少期のエンパイア」とみなし、同国の存続を危うくしかねない欧州列強諸国との恒久同盟の締結を禁じ、外交面での孤立主義の伝統を築いた。同時にワシントンは、内政面では、国内政治における党派対立の危険性を指摘した。一方、20世紀初頭の革新主義の時代には、既成政党内から新しいリーダーが出現し、政治・経済・社会面で様々な改革運動が広がりを見せ、有権者の期待を集めた。来るべき大統領選挙の結果は、果たしてアメリカをどのような方向へと導くのか、長期戦の行方を引き続き注視していきたいものである。

高原 秀介 教授

アメリカ外交史、日米関係史、アメリカ=東アジア関係史

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