中国語は「漢字を使うから楽勝」? 2023.12.05
大学で中国語を学ぶ学生に中国語を選択した理由を聞くと、「漢字を使うから楽勝だと思った」と答える人が少なくありません。本当にそうでしょうか。(「中国語」とは、ここでは現代中国における共通語“普通话”を指すものとします。) 日本人が中国語を学ぶ前に知っておくと役立つ中国語の漢字についての基礎知識を、漢字のかたち、意味、発音の3つの側面からお話しし、中国語が楽勝か否かを考えてみることにします。
中国語の漢字のかたち
中国語で使われる漢字には、表1の “地震”のように日本語と全く同じ形の漢字もあります。しかし中国では1950年代以降漢字の簡略化が進められ、1986年に計2274字の“简化字”(簡体字)が定められた結果、現在では、例えば“爱人”“新闻”など、日本語の漢字とよく似た形の漢字もあれば、“电车”“头发”のように、すぐにはピンとこないほど簡略化されたものも存在します。『中国語初級段階学習ガイドライン』では大学における第二外国語としての中国語の学習語彙数を1,000語としていますから、最低限この1000語について、簡体字のかたちを憶えなければなりません。
中国語(簡体字) | 日本語の漢字 |
---|---|
地震 | 地震 |
爱人 | 愛人 |
新闻 | 新聞 |
电车 | 電車 |
头发 | 頭髪 |
手机 | 手機 |
表1 日中の漢字
中国語(簡体字) | 日本語の意味 |
---|---|
地震 | 地震 |
爱人 | 配偶者 |
新闻 | ニュース |
电车 | 電車 |
头发 | 頭髪 |
手机 | 携帯電話 |
表2 単語の意味
中国語の漢字の意味
日本語の漢字と中国語の漢字は、形が同じであっても、意味も同じとは限りません。表2の“手机”の二文字は、日本人なら直感的に「手(て)」、「机(つくえ)」とわかりますが、中国語の“机”は現在では機械の「機」の簡体字であって「机(desk)」の意味ではありません。表中の単語“爱人”は「愛人(mistress)」ではなく「配偶者」、“新闻”は「新聞(newspaper)」ではなく「ニュース」の意味です。ですから、日本語の漢字の知識で中国語を理解しようとすると、とんでもない誤解が生じます。その逆もまた然りです。今授業で使っているテキストに、中国人の技術者が日本の工場で「油断一時、怪我一生」という看板を見て、「燃料が一時的に切れただけで一生自分を責めるとは、日本人は何て仕事に厳しいのだ」と驚いた、という話が紹介されています。
この中国人技術者は中国語の知識で日本語の漢字を理解したことで大変な誤解をしてしまったのです。このような誤解を生まないために、日中の漢字の意味の違いをしっかり認識しなければなりません。
漢字のローマ字表記と発音
かたちや意味とは違い、日本語と中国語で大きく違うのが発音です。中国語の漢字は1958年から《汉语拼音方案》(通称「ピンイン」)に従ってローマ字表記されるようになりました。例えば表2の“麦当劳”は日本語の漢字音で読むと「ばくとうろう」ですが、ピンイン表記の欄に書かれたローマ字とは一致しません。漢字を日本語の音読みで読めば中国語になるわけではないのです。また、表中の単語は、漢字を見ただけでは何のことやらわかりませんね。それは、これらが外来の固有名詞で、意訳ではなく音訳されたものだからです。 下の音声ファイルをクリックして発音を聞き、それぞれ意味を考えてみてください。
中国語 | ピンイン表記 |
---|---|
麦当劳 | Màidāngláo |
可口可乐 | Kěkǒukělè |
奥林匹克 | Àolínpǐkè |
夏洛克福尔摩斯 | Xiàluòkè Fúěrmósī |
伦敦 | Lúndūn |
表3 固有名詞の音訳
わかりましたか?発音を聞くと連想しやすいですね。表3の単語は順番に「マクドナルド」「コカコーラ」「オリンピック」「シャーロック・ホームズ」「ロンドン」です。
中国語の音節構造
中国語では、漢字ひとつがひとつの音の塊即ち音節です。音節は声母(子音)、韻母(母音)、声調という3つのパーツから構成されています。声調とは音の高さのことで、中国語には4種類の声調があります。声調を正しく発音することは、中国語学習において極めて重要です。なぜなら、声調が違えば漢字が変わる、つまり意味が変わるからです。例えば、daを第1声で発音すればdā “搭”(組み立てる)、第2声ならdá “答”(答える)、第3声ならdǎ “打”(打つ・殴る)、第4声ならdà“大”(大きい)のように、全て異なる漢字に対応します。ですから、第2声で発音したつもりが、聞いた相手に第3声だと思われれば、「殴れ。」などと理解され、要らぬ喧嘩を引き起こす可能性もあるのです。
中国語の音節構造を簡単に表すと以下のようになります。
つまり、21個の声母と39個の韻母、4種類の声調を自在に操れて初めて“当”という漢字を発音できることになります。そして中国語の音節数は、声調の違いも考慮すると、約1300種類にものぼります。
以上、中国語の漢字と日本語の漢字は、かたち・意味のいずれも完全に同じという訳ではなく、発音に至っては大きく異なることを説明しました。「漢字を使うから楽勝だろう」と安易に中国語を学びはじめると苦労することになるとお分かりいただけたはずです。
そうは言っても、漢字を全く知らず、全てを一から覚えなければならないことを考えれば、日本語の漢字のかたちや意味をもとに類推が可能であると言う点で、我々日本人が比べものにならないアドバンテージを握っているのは確かです。
関 光世 教授
外国語学部 アジア言語学科 中国語専攻