総合生命科学部 第7〜12回バイオフォーラム開催報告
バイオフォーラムは、学内外問わずに生命科学分野の第一線でご活躍されている先生に講演いただき、参加者の方に最先端の研究に触れていただくことを目的として、開催しています。
本年度は、第12回をもって全てのバイオフォーラムを盛況のうちに終了することができました。本年度後期開催分の開催概要については、下記をご参照ください。
なお、来年度も10回程の開催も予定しています。開催準備が整い次第、改めてWeb上で情報公開をしますので、ご参加いただければ幸いです。
第7回
2011年12月19日(月)開催
演題
「Genetic and molecular approaches to the evolution of self- fertility in Caenorhabditis」
講師
メリーランド大学 生物学部 Eric S. Haag 准教授
要旨
線虫Caenorhabditis elegans(C. elegans)は多細胞生物モデルの一つとして、遺伝学的あるいは発生生物学的研究が盛んに行われている。本フォーラムでは、雌雄同体性(hermaphroditism)で自殖システムを持つC. elegansと類縁種C. briggsae、そして雌雄異体性(gonochorism)で他殖システムを持つ他の線虫種のゲノム解析や遺伝学的・分子生物学的解析から明らかにされつつある自殖システムの分子基盤(特にmRNA結合タンパク質を介する翻訳制御ネットワークの役割)と適応進化について紹介した。
第8回
2011年12月21日(水)開催
演題
「創薬ターゲット膜タンパク質の構造解析」
講師
京都大学大学院 医学研究科 分子細胞情報学
岩田 想 教授
要旨
蛋白質の構造解析の技術は 近年急速に発展を遂げ、PDBには70,000以上の座標がおさめられている。ところが、そのほとんどは可溶性蛋白質のものであり、膜蛋白質は300種類程度しか含まれておらず、ほ乳類由来の膜蛋白質に関しては20個程度しか構造が解かれていない。ヒト蛋白質の30%が膜蛋白質であり、市販の医薬の50%以上が膜蛋白質を標的にしていることを考えると、ヒト膜蛋白質構造解析技術の確立が医療、創薬研究において急務であることは明らかである。 ヒト膜蛋白質の構造解析が進んでいない理由としては(1)その発現、大量精製が困難なこと(2)水溶性でないため結晶化が難しいこと、(3)結晶性が悪いため、良好なX線データを得られないことが挙げられる。我々の研究室ではこれらの問題を解決するために、各種の技術開発を行い、膜蛋白質構造解析のパイプラインを構築することを試みている。講演ではこのうち最近解かれたヒスタミンH1受容体の構造を中心に、創薬ターゲット膜蛋白質の構造解析について焦点を当てて話をした。
演題
「コレステロール排出ポンプ ABCA1 −作用と制御のメカニズム」
講師
京都大学大学院 農学研究科応用生命科学専攻 細胞生化学研究室
植田 和光 教授
要旨
ATP依存トランスポーターファミリーの一つであるABCタンパク質は、約50種がヒトの身体で機能している。それらの機能異常は、高脂血症、痛風、のう胞性繊維症、糖尿病、神経変性疾患、老人性の失明の原因となる黄斑部変性症、呼吸窮迫症、皮膚疾患、弾性繊維失調症、免疫異常、胆汁うっ滞などさまざまな疾病を引き起こす。これらのことは、ABCタンパク質が私たちの体の環境への適応、生理活性脂質の分泌や、糖、脂質などの体内恒常性維持に重要な役割を果たしていることを示す。しかし、基質の多くが脂溶性物質であり、実際に何を輸送し、なぜそのABCタンパク質の異常によって疾病が引き起こされるのか不明なものが多く残されている。また、ABCタンパク質の多くは転写制御だけでなく複雑な翻訳後制御を受けており、その詳細はいまだ明らかではない。私たちは、生理的に重要なABCタンパク質それぞれを、生化学的、細胞生物学的、構造生物学的などの手法を用いて総合的に解析するによって、それらの作用メカニズムを解明しようとしている。本講演では、動脈硬化の予防に重要なコレステロール排出ポンプであるABCA1を中心に、ABCタンパク質の作用と制御のメカニズムを紹介した。
第9回
2011年12月23日(金)開催
演題
「父・母ゲノムのせめぎ合い〜被子植物のタネの大きさと生殖隔離のエピジェネティック制御〜 」
講師
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
木下 哲 特任准教授
要旨
植物の胚乳では、父由来と母由来のゲノムがせめぎ合うことによってタネの大きさが決まる。異なる種間や倍数体間の交雑では、せめぎ合いの仕組みを利用した生殖隔離機構が存在し、ゲノムインプリンティングを含むエピジェネティックな制御機構はその分子機構のもっともらしい候補の一つである。我々は、イネとシロイヌナズナを材料として、父・母ゲノムにせめぎ合いをおこす分子機構の解明を進めている。
イネ属を用いた解析では、栽培イネと野生イネの種間交雑をモデルとして、胚乳における父・母ゲノムのせめぎ合いによる胚乳サイズ決定と生殖隔離機構の解明を目指している。最近得られた知見から、インプリントされた構成因子を含むポリコーム複合体が介在する作業仮説を考えている(Plant J. 2011, 65:798-806)。また、シロイヌナズナを用いた解析からは、せめぎ合いの主たる原因と考えられるゲノムインプリンティング制御に重要なDNA脱メチル化の分子機構の解明を目指しており、最近FACTヒストンシャペロンの構成因子の一つSSRP1がDNA脱メチル化やゲノムインプリンティングの確立に必要であるという知見を得ている(Dev. Cell 2011, 21:589-96)。本セミナーでは、このような父・母ゲノムのせめぎ合いを包括的に理解するための取り組みを紹介した。
第10回
2012年1月11日(水)開催
演題
「ゲノミクスのこれまでとこれから」
講師
名古屋市立大学大学院 病態医科学講座 病態モデル医学分野
北村 浩 准教授
要旨
ゲノミクスは大量の遺伝子情報を俯瞰することで、真理を見出す典型的なEvidence-driven study(証拠主導型研究)である。先入観なく集めた幅広いデータを対象にすることから、客観的で信頼性の高いアウトプットを導き出し、思わぬ発見に繋がることも多い。特にこの10年の間のtranscriptomicsの中心的な技術であったマイクロアレイは数多くの疾患分子マーカーや原因分子の同定に役立った。また近年技術革新がすさまじい次世代シーケンサーは構造ゲノミクス、機能ゲノミクス共にこれまでにない質・量のデータをもたらし始めている。これらの技術を活用し医学研究は“種から個人”へと研究対象が移りつつある。このように変遷すさまじく、まさに激動の時代を迎えつつあるゲノミクスの今とこれからを概論した。
第11回
2012年1月16日(月)開催
演題
「次世代シークエンサーが切り拓く感染症のメタゲノム学」
講師
京都府立医科大学 医学研究科 感染病態学教室(前 大阪大学・微生物病研究所・感染症メタゲノム研究分野)
中屋 隆明 教授
要旨
近年、DNA配列決定技術の進歩は著しく、2005年より市販が開始された、いわゆる「次世代シークエンサー」は、半日で数百メガ塩基対以上のDNA配列を解読する性能を有している。このような、格段の性能をもつDNAシークエンサーの出現により、微生物のゲノム解析もごく短時間に比較的安価に行えるようになり、また未知の病原体をも網羅的に検出できるようになった。本講演では、次世代DNAシークエンサーを用いた大規模塩基配列決定による病原体の迅速同定と性状解析、および感染症の診断を目指した網羅的な検出システムについて解説し、インフルエンザウイルス、ノロウイルス、あるいは原因不明の疾患の診断など、これまでに行った解析結果を紹介した。
第12回
2012年2月3日(金)開催
演題
「NEW CONCEPTS OF THE MOUSE SPERM ACROSOMAL EXOCYTOSIS」
講師
National Research Council of Argentina (CONICET)
Mariano G. Buffone 博士
要旨
生物の受精が成立するためには、雌雄配偶子の形成と分化、そして成熟(あるいは受精能獲得)が適切に実行される必要がある。哺乳類において、精子の受精能獲得には雌個体内で起こるキャパシテーションと呼ばれる現象が重要である。キャパシテーションを起こした精子のみが卵との結合の直前あるいは結合時に先体反応(精子頭部の外分泌反応)を起こし、さらには卵との合体(細胞膜融合)を実行することができる。本フォーラムでは、哺乳類の受精における精子先体反応に関する最近の知見や、精子内アクチン細胞骨格のキャパシテーションや先体反応における役割などが紹介された。