総合生命科学部 第1・2回バイオフォーラム開催報告
平成23年6月17日(金)、24日(金)に本学15号館15102セミナー室にて第1・2回バイオフォーラムを開催しました(※要旨等の詳細は下記参照)。
バイオフォーラムは、学内外問わずに生命科学分野の第一線でご活躍されている先生に講演いただき、参加者の方に最先端の研究に触れていただくことを目的として開催しています。
昨年度に引き続き、本年度も10回以上の開催を計画しており、次回のバイオフォーラムは、8月と9月に1回ずつ開催を予定しています。詳細が決まり次第、本学HPへ情報公開しますので、ぜひご参加いただければ幸いです。
第1回
6月17日(金)開催
演題
「FGFの機能・受容機構と医療応用に関する最近の展開」
講師
(独)産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門シグナル分子研究グループ 今村 亨 主幹研究員
要旨
ヒトやマウスでは22遺伝子にコードされるFGF(繊維芽細胞増殖因子)リガンドファミリーの多くは、主に4遺伝子にコードされるチロシンキナーゼ型細 胞膜受容体ファミリーを介して細胞の増殖や分化を制御し、動物の個体発生から生体の恒常性維持まで多面的に働いていると考えられる。また、メタボリズム調節ホルモンとして働く一群や、神経機能調節などに関わる一群も存在することが明らかにされつつある。しかしその生理機能や分子機構の全貌はまだ不明であり、多くの研究課題が残されている。今回は、FGFの生理機能(1)と細胞膜受容(2)、医療応用への展開(3)に関して、私たちの最近の知見を中心として以下の概要の講演を行った。
(1)としては、複数のFGFによる毛成長周期の制御についての知見を紹介した。毛成長周期は、繰り返し起こる毛包器官の成長期、退行期、休止期の3相よりなるが、この中でFGF5は成長期から退行期への移行を制御する重要な因子である。また、FGF5遺伝子は受容体活性化能を有する全長FGF5タンパク質の他に、FGF5と部分的拮抗作用を示す短いFGF5Sタンパク質を産み出す。成長期から退行期への制御においては、これら2種のタンパク質によるデリケートな制御が存在すると考えられる。
(2)としては、補助受容体によるホルモンFGFの特異性の規定について紹介した。ホルモンFGFとして研究が進んでいるFGF21、FGF19、FGF23のうち、FGF21とFGF19は何れも補助受容体としてベータクロソー(betaKlotho)を必要とすることが明らかになった。さらに、末梢血中に含まれる生理的な濃度のFGF19が受容体を活性化するためには、補助受容体に加えて硫酸化グリコサミノグリカン(糖鎖)が必要なことが分かった。これらの分子機構によって、FGF19は産生細胞から遠位の標的細胞に対して特異的なホルモンとして働くことが出来ると解釈される。
(3)としては、放射線被ばくに起因する生体障害の防護に有効なFGFについて紹介した。腸管死をもたらしうる高線量被ばくの動物実験系において、放射線照射前に動物にFGFを投与しておくと、被曝による障害を軽減できることを示した。この作用の強さを比較検討したところ、FGF1>FGF7、FGF10であることを示し、類似適用で既に米国で承認されているFGF7よりもFGF1が優れていることが判明した。さらにFGF1の不安定性や活性のヘパリン依存性を克服する手段として、人工的キメラFGF分子(FGFC)を評価したところ、FGFCは物性や活性においてFGF1よりも優れた結果を示した。FGFCは、放射線防護剤リード化合物として有望であると考えられる。
第2回
6月24日(金)開催
講師
京都産業大学 総合生命科学部 生命資源環境学科 寺地 徹 教授
演題
「葉緑体の遺伝子組換えによる有用植物作出への試み」
要旨
メンデルの遺伝法則の再発見で有名なコレンスが、植物の斑入りで最初に母性遺伝(細胞質遺伝)の存在を明らかにしてから100年、現在では葉緑体及びミトコンドリアのDNA分子(ゲノム)が細胞質遺伝の基礎であることがわかっている。一方、細胞質遺伝を示す有用形質(雄性不稔性など)を作物の育種へ利用しようとする営みも、連続戻し交雑法や細胞融合法などにより古くから行われてきた。しかし高等植物の細胞質の遺伝情報を遺伝子工学的に直接改変できるようになったのは、葉緑体ではここ10年ほどのことであり、ミトコンドリアでは未だ達成されていない。私の研究室では、学内外の共同研究者とともに、人類に役立つ植物を育成することを大きな目標に、モデル植物のタバコを用いて葉緑体の遺伝子組換えに取り組んでいる。これまで興味深い組換え体を数多く得ているが、本フォーラムでは、1)フェリチン遺伝子を強発現する組換えタバコ、2)葉緑体内の活性酸素消去系酵素群を強発現する組換えタバコを紹介する。
1)フェリチンタバコは、葉物野菜のモデルとして位置づけており、葉緑体の遺伝子組換えにより、世界でもっとも深刻な栄養障害のひとつである鉄不足を、鉄含量の高い野菜の作出により解消できないか検討したものである。具体的には、ダイズ由来のフェチリンcDNAの全長、及びそこからトランジットペプチドをコードする領域を除いたもの(ΔTP)を、葉緑体で働く強力なプロモーターPpsbAに繋いで、前者はタバコの品種XanthiとSR1、後者はSR1へ導入した。組換え体の後代を用いて各種特徴付けを行ったところ、いずれの系統についても、相同組換えによるフェリチン遺伝子の導入、その転写・翻訳が確認された。葉の鉄含量は、全長cDNAを発現させたものでは約2倍、ΔTPを発現させたものでは約1.5倍に増加した。しかし全長cDNAを発現させたXanthiでは、葉の黄化や壊死が観察された。Evans BlueやDABによる染色の結果、この系統では活性酸素の発生にともなう細胞死が広範に生じていることがわかった。一方、同じコンストラクトを持つSR1の表現型はXanthiに比べてマイルドであり、品種や導入コンストラクトをファインチューニングすることで、葉の鉄含量の高い実用的な作物を創出する可能性が示された。
2)一般に高等植物は強光、乾燥、低温などのストレスにさらされると生育に有害な活性酸素分子種(ROS)を発生する。ROSの主要な発生場所は葉緑体であるが、同時に葉緑体にはROSを消去する機構(アスコルベートーグルタチオン経路)も備わっている。この経路では、SOD、APX、MDAR、DHAR、GRの5つの酵素が連携・連続して働き、例えば過酸化水素を無害な水へ還元する反応を触媒している。これらの酵素の遺伝子は核にコードされているが、本研究は、これら酵素の遺伝子を単独、あるいはオペロンとして葉緑体ゲノムに導入しようとするものである。
これらの酵素の活性を高めることにより、ストレスに強い植物の作出が期待される。本フォーラムでは、これまで作出した多数の組換え系統のなかから、apx_sodオペロンを持つものを紹介した。この系統の後代の解析では、オペロンの組み込み、オペロンを構成する個々の遺伝子の転写・翻訳が確認された。また、APX活性は約50倍、SOD活性は約2.5倍に上昇していた。この結果と符号して、組換え体はROSを発生させる薬剤として知られるメチルビオロゲンへの抵抗性が高く、強光によるダメージも少ないと思われた。アスコルベートーグルタチオン経路の各種酵素を単独あるいはオペロンとして強発現させた他の組換え体では、いずれも葉緑体におけるROSの消去能力が高まっていた。この方法でストレスに強い植物を育成可能であると考えられる。
このように葉緑体の遺伝子組換えは、優れた技術であるものの、現状では適用できる植物の範囲が限られている。我々もパンコムギの組換え体の作出に取り組んでいるが、まだ成功していない。将来の安定的な食糧供給を見据え、優れた葉緑体の遺伝子組換え作物の開発を継続したい。