研究紹介

生命科学研究科 生命科学専攻 中村暢宏教授 インタビュー

「ゴルジ体の構造の謎を解く」

美しい(!)ゴルジ体の構造に魅せられて

ゴルジ体は、小胞体で新しく合成された消化酵素やホルモンなどの分泌タンパク質に糖などのパーツを取り付け完成品にする働きを担っている細胞小器官で、酵母から植物、動物まで、ほとんど全ての真核生物が持っています。ゴルジ体は嚢(のう)あるいは槽(そう)と呼ばれるリン脂質からできた膜で覆われた袋状の構造物で、多くの動物や植物では複数の扁平な槽が積み重なって層板を形成しています(図1左)。さらに、脊椎動物では、層板が繋がりあって核の近くに集まり、リボン状の高次構造を形成しています(図1右)。私の研究室では、この美しいゴルジ体の構造がどのような分子機構によってできているのか、また、どのような機能を持っているのかを調べています。

図1 ゴルジ体の構造

分泌タンパク質は、小胞体からゴルジ体を通って細胞膜(細胞外)へと運ばれますが、これは膜の一部がくびり取られてできた小胞に積み込まれ、小胞が目的地の膜に融合することによって配送される小胞輸送(メンブレントラフィック)という分子機構によって起こります。私が大学院生であった1980年代後半から1990年代の前半にかけて、小胞輸送の分子機構の研究が急速に発展し、タンパク質が正しい目的地に運ばれる仕組みや、またそれに関わるタンパク質(遺伝子)群が次々に同定されていました(詳しくは、拙著「メンブレントラフィック 福田光則・吉森保【編】第1章 分泌経路と小胞輸送発見の歴史」をご参考ください)。「小胞輸送の分子機構の研究をやってみたい!」と思った私は、先進的な研究を行っている欧米の研究者20名以上に手紙を書きました。「ポスドクで雇ってあげるから是非おいで」と返事をくれた研究者の一人が当時ロンドンの王立癌研究基金研究所でゴルジ体へのタンパク質局在化や細胞周期に伴ったゴルジ体の構造変化の分子機構の研究を行っていた、ゴルジ体研究の第一人者Graham Warren博士でした(その後、アメリカ・エール大学・教授、オーストリアのマックス・ペルーツ研究所・所長を歴任され、現在はロンドン大学で研究を続けておられます)。

FAXで送られてきた(当時はインターネットで画像を送れるような環境はまだ整っていませんでした)ゴルジ体の構造形成の分子モデルを一目見て気に入った私は、彼の研究室に留学することに決め、1993年から1997年まで滞在してゴルジ体の構造維持に働くタンパク質の同定とその機能の解析の研究を行いました。その時発見したゴルジ体に局在するタンパク質がGM130です。現在では、GM130はゴルジ体の目印タンパク質のスタンダードとして全世界で広く用いられるようになっており、小胞輸送の分子機構の解明でノーベル賞を受賞したJames Rothman博士やRandy Schekman博士を含めて業界の研究者ではGM130を知らない人がいないようになっているのが、私の自慢の一つです。

細胞分裂に必須なゴルジ体の解体と再構築

ゴルジ体は細胞分裂時に解体され、2つの娘細胞に均等に分配されたのちに、再集合することが古くから知られていましたが、このゴルジ体の解体がどのようにして起こるのか、その分子機構は不明でした(図2)。私は、細胞分裂期にGM130がリン酸化されることが分裂期のゴルジ体の分解の引き金となることを突き止め、1997年にその結果を業界最高峰の学術雑誌Cellに論文として報告することができました。

図2 ゴルジ体は細胞分裂時に解体され細胞中に分散する

日本に帰国してからは、ゴルジ体の構造維持に働く他のタンパク質群の研究を進める傍、GM130の研究も進めてきました。その中で、分裂期のゴルジ体の解体が、ゴルジ体の娘細胞への均等分配に働くだけではなく、分裂期の正常な進行に必須であることを突き止め、2005年に論文として発表しました。また、2015年にはGM130が4分子集まって複合体を形成し、他のタンパク質との相互作用によって形と機能をかえる可能性を発見し論文として発表しました。一方、ゼブラフィッシュをモデル生物として個体レベルでのGM130の機能解析も進めてきました。その結果、GM130がゼブラフィッシュの初期発生で必須の役割を果たしていることを突き止め、現在は論文発表するべく仕上げの実験を進めています(図3)。GM130にはp115やGRASAP65などのパートナータンパク質がありますが、これらのタンパク質の機能にはまだまだ不明の点が多く残されています。これからもこれらのタンパク質の働きを細胞レベル、個体レベルで研究して明らかにしていきたいと思っています。

図3 GM130はゼブラフィッシュの初期発生に必須の役割を持っている(発生開始24時間後)

ゴルジ体病:ゴルジ体研究の新時代が始まった

ゴルジ体発見から今年(2018年)でちょうど120年、層板構造の発見からも60年以上が経過し、小胞の形成や融合などのゴルジ体を取り巻く小胞輸送の分子機構のあらましはかなり明らかになってきました。しかし、ゴルジ体にはまだまだ未知の役割が隠されています。近年、ゴルジ体の構造や機能の不全がアミロイド繊維形成を誘導してアルツハイマー病やALS(筋萎縮性側索硬化症)などの神経変性疾患を導く可能性や、ゴルジ体に局在するタンパク質群が細胞骨格や細胞極性の調節、また細胞内情報伝達系の調節に関与しており、これらのタンパク質の機能不全が細胞の癌化に関わることなどが次々と明らかになってきました。これらのゴルジ体の構造変化や機能不全から生じる疾患は「ゴルジ体病」と名づけられ、その研究が注目を集めています(詳しくは拙著「ゴルジ体病とゴルジ体の新機能 生化学90(1): 21-26 (2018)」をご参考ください)。培養細胞やゼブラフィッシュを用いた研究から、細胞レベル、そして個体レベルでのゴルジ体やGM130の機能を明らかにすることが、癌や神経変性疾患などの各種疾患の病理の解明や新規治療標的の発見につながるものと考えて、研究を進めています。

失敗を恐れずにどんどんチャレンジを

インタビュー風景

大学院では、失敗を恐れずにどんどん新しいことにチャレンジしましょう。最初は荒唐無稽に思えたことが後になってみると正しかったということは案外たくさんあるものです。宝くじは買って見なければ当たりません。平凡な発見と思われたものの中から、大化けして大発見になるものが見つかるチャンスに賭けてみましょう。ただし、「幸運の女神は準備している者にしか微笑まない(パスツール)」のでご注意を。論文を読んで知識を、実験を重ねて技術を、教員や学生同士のディスカッションで考える力を身につけて、幸運の女神を見る力を養いましょう。幸運の女神は見過ごしたらそれっきり戻ってきません。これだ!と思ったら、ダメでもともと、まずは掴んで見るという姿勢で研究に臨むことが大事です。

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